絵画は世界を変えられるのか
──《Palestinian Wildflower(パレスチナの野花)》(2026)は、一見すると静かな植物画でありながら、タイトルによって現在の政治的現実を強く呼び込みます。花というモチーフを通して、どのようなイメージを描こうと考えたのでしょうか。

タイマンス タイトルを見なければ、たんに花の絵として受け取られるでしょう。しかしタイトルを読むことで、その見え方は変わります。そして重要なのは、花の上に引かれた一本の線です。
描かれているのは、生き生きと咲く花ではありません。乾燥し、生と死のあいだにあり、保存されながらも、同時に朽ちていく過程にある花です。その曖昧な状態に私は強く惹かれました。私にとって重要なのは、政治的なメッセージを説明することではありません。むしろ、ひとつのイメージが別の歴史や記憶を静かに呼び起こすことなのです。
──その作品についてお話をうかがっていると、タイマンスさんは絵画を「主張」のためではなく、「考えるための装置」として捉えているようにも感じます。現在の世界に対して、絵画にはどのような役割があるのでしょうか。
タイマンス 絵画が世界を変えることはありません。それは確かです。しかし、人々に考え直させたり、普段であれば感じないようなことを感じさせたりすることはできると思います。それは、どれだけ長くイメージを見つめるか、あるいはどれだけ短く見るかということとも関係しています。
絵画には物質性があります。そこには人間の痕跡が残っている。その意味で、絵画はつねに人間性と結びついています。私の作品において、唯一個人的な要素があるとすれば、それは描き方そのもの、つまりタッチです。今回の展示では、「Condensation」というテーマとともに、そのタッチについても考えていました。見えるものと見えないもの、その境界です。だからこそ作品は慎重かつ精密に描かれています。描き込みすぎても、逆に少なすぎてもいけない。しかし同時に、人の手の痕跡は感じ取れるようにしなければならない。写真やデジタルイメージとは違い、絵画にはつねに身体が残ります。私は、その身体性こそが絵画にとってもっとも重要なものだと考えています。



















