距離が生み出す絵画の身体性
──タイマンスさんはこれまで、「距離」は絵画を成立させる重要な条件だと繰り返し語ってきました。今回の展示でも、遠くから見たときと近づいたときでは、作品の見え方が大きく変化します。今回の新作では、「距離」をどのように考えていましたか。
タイマンス 今回の制作で興味深かったのは、私のアトリエのほうが、この展示空間よりもずっと大きいということです。しかし、イメージは大きければ必ずしもモニュメンタルになるわけではありません。小さな作品でも十分に記念碑的な存在になり得ます。
今回の作品は遠くからでも機能するようにつくられています。アトリエでは近い距離から制作していましたが、そのときにリヒター・ラウムのような親密な空間でどのように見えるのかを想像していました。
私にとって距離は非常に重要です。鑑賞者が近づくにつれてイメージは徐々に解体され、絵肌や筆触が現れてくる。つまり作品は、ある特定の距離から見られることを前提につくられていて、その距離そのものが作品の意味の一部なのです。
──その「距離」を成立させるうえで、今回の作品では光が非常に重要な役割を果たしているように感じました。
タイマンス 光は、私にとってつねに絵画でもっとも重要な要素のひとつです。今回の作品にも、それぞれ異なる光の焦点があります。
若い頃はコントラストを強くしすぎることを恐れていました。しかし年齢を重ねるにつれ、より大胆なコントラストを用いることを自分に許せるようになった。それには25年以上かかりました。光をどう知覚するかということも、長い時間をかけて培われるものなのです。私のアトリエの光は実際にはかなり灰色がかっています。そのため色調(トーナリティ)は非常に重要です。
──その考え方は、《Funnel(漏斗)》(2026)にも表れているのでしょうか。入口正面に置かれたこの作品は、光源そのもののように空間を引き込む印象があります。

タイマンス そうですね。《Funnel》は今回もっとも抽象度の高い作品ですが、画面中央がもっとも明るく見えるにもかかわらず、じつはそこは描き込まれていません。黄色と赤が暗い背景のなかに閉じ込められることで、結果として発光しているように見えるのです。
最後の段階で赤い輪郭にわずかに筆を入れ、色を周囲へ溶け込ませました。それは画面全体を統合するための操作であると同時に、画面に残された唯一の「ジェスチャー」でもあります。
──作品に近づくことで、そのジェスチャーや筆触はより強く意識されるようになります。鑑賞者には、この展示をどのように体験してほしいと考えていますか。
タイマンス それは私にもわかりません(笑)。何を持ち帰るかは観客次第です。ただ、おそらく沈黙や思索へと向かう感覚は残るのではないでしょうか。人物像や花、作品との距離感など、様々な要素がその体験に関わってきます。
例えば、頭蓋骨のようにどこか戯画的なイメージを描いた《Mural Skull》が、この場所の自然や光と共存していることが興味深いのです。本来、絵画は自然には太刀打ちできません。しかしここでは、風景や光と作品がひとつの体験として結びついています。
この展示では、作品だけでなく空間そのものを体験してほしいと思っています。この場所には、親密でありながら、どこか厳粛な静けさがあります。空間自体が記念碑なのではありませんが、ある芸術家を記憶する場所としての性格を帯びているのです。



















