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建築コレクティブ・GROUPはなぜ「都市と眠り」に着目するのか。模型を通じて読み解く「仮設的」な思考【3/3ページ】

匿名性と流動性を内包する、コレクティブの実践

──GROUPには現在8名のメンバーが在籍されています。複数人でクリエイティブな表現を行うことによる「作家としての匿名性」や、「個人の作家性とのバランス」、そして「コレクティブとしてのスケール感」をどのように捉えていますか。

曽根 大学などの通常の建築教育では、個人のコンセプトをもとに一本の強いストーリーラインを構築し、個の作家性を尖らせる訓練ばかりをさせられます。ある意味では、教員や建築家が受諾する物語(ナラティヴ)をつくることを強制されているのです。しかし、実際の建築や都市にまつわる物語は、決して一本の直線では表せません。GROUPでは、多様なメンバーが並列して存在するため、プロジェクトのなかでストーリーが複数に分岐したり、再び緩やかに束ねられたりします。こうした協働のかたちは、ひとりのカリスマの名を冠して共同する従来の「スターシステム」とは一線を画す、流動的な働き方の実験として、非常に魅力的なシステムだと感じています。

柏﨑健汰(以下、柏﨑) コレクティブは、曽根が言うような「スターシステム」とは異なる協働のあり方を示せるだけでなく、作家性と制作物の関係そのものを問い直す可能性を持っていると感じます。複数の人間が意思決定に関与することで、作家性はある種ブラックボックス化され、制作物は個人の作家性から一定の距離を獲得できると個人的には感じています。

左から坪田怜子、齋藤直紀、中井由梨、曽根巽

──プロジェクトを進めるうえで、メンバー全員が100パーセント納得して決定を下す、ということはあるのでしょうか。

中井 全員が完全に納得した状態で進むことは、むしろ稀かもしれません。自分が納得したアイデアを最後まで押し通すこともあれば、他者との対話のなかで最適な着地点を探していく場合もある。それはプロジェクトの性質によって異なります。

井上 ひとりの作家性に回収されるのではなく、複数の異なる視点が混ざり合うことで、建築はより豊かになりうる。そうであるならば、「個人の自律性が高すぎない」という建築が本来持っている特性を、コレクティブという共同体の形式を通じてポジティブに提示できているのではないかと思っています。

GROUPのメンバーは20〜30代で、それぞれ異なるバックグラウンドを持ちながらコレクティブとして活動を行っている

──最後に、これからGROUPとして、あるいは個人として、どのような作品や提案を手がけていきたいか、今後の展望について教えてください。

井上 私は物理的なスケールが大きいもの、延べ床面積や敷地面積が広大な「大きな建築」の設計に挑んでみたいです。大きい建築のつくり方としてバードウォッチングに関心があります。

 都内にある宅地として開発予定の埋め立て地にバードウォッチングのスポットができ、人々が鳥の観察を始めました。それをきっかけに鳥類の生態系を保護しようという運動が生まれ、開発計画が中止に。現在はバードウォッチングの聖地(サンクチュアリ)になっているという事例があるんです。何かを見ることによって空間がつくられる、そういった身体的な行為をもとに広大な空間をデザインすることに関心があります。GROUPのような小さな設計事務所が大きな建築をつくることは、現在の日本において非常にハードルが高い状況です。だからこそ、どのようなアプローチをとればそれが実現可能になるのか、その道筋を模索していきたいです。

柏﨑 GROUPは身近で小さなプロジェクトから、都市のような巨大なシステムへとアクセスを試みることがあります。個人としては、そういったより大きなものへ接続するためのナラティブも重視しつつ、もっと「マテリアル(素材)」や「マチエール(物質)」そのものに深く向き合ってみたいと考えています。建築の評価がコンセプトや物語性ばかりに偏重しがちないまだからこそ、物質的な重さを持った表現を徹底していきたいです。

片桐悠自 建築教育の現場は、いまだにモダニズム一辺倒で、時代錯誤な規範を再生産し続けている現状があります。そして、建築を取り巻くマクロなシステムはすでに強固に完成してしまっている。そうしたなかでは、コンセプトをもっとも美しく語れる「ナラティブに長けた人」だけが評価されがちです。だからこそ、私たちはもう一度、事物と人間や、事物と事物が織りなす関係性に立ち返る必要があるのではないでしょうか。とくにありふれた建築の仕上げのもつ肌理や、そこから描かれるマチエールのような、簡単にコンセプトに回収されない、物質そのものが持つ「欲望」のようなものを掴み取りたいのです。

 ある意味では、近代以降の建築は「機能」の名のもとに人々の欲望を平準化し、平準化されない欲望を抑圧し続けてきたといえるでしょう。そうしたものへの違和感を持ち続けながら、個々の欲望についての当事者性をもとに、リサーチや批評を交えた表現の場として、GROUPの将来があると嬉しいと思いますね。

坪田怜子 建築のスケールに対して資本が追いつかない現状があり、これまで「巨大な建築」は大きな設計事務所にしか扱えない領域でした。しかし、GROUPがこれまで積み重ねてきた実践の数々が、現在の資本主義社会のなかで新しい価値基準になりうるのではないかと考えています。

曽根 やはり、GROUP特有の「建築におけるストーリーラインを増やしていく」方法は、働き方の実践として非常に優れたシステムだと考えています。GROUPというプラットフォームを共有しながらも、個々人がそれぞれの興味関心を模索し、それをまた持ち寄るような関係性をこれからも持続させていきたいです。

齋藤直紀 私は、クライアントから依頼されて設計し、引き渡して終わるという従来の設計の枠組みを拡張させていきたいです。リサーチによってその場所の持つ歴史や文化、物流ネットワーク、あるいは都市の背景にまで設計の手がかりを広げることで、いま私たちが設計している建築の定義を変えていくような実践を続けたいです。

中井 私は地に足をつけていたいタイプなので、「巨大な建築をつくりたい」とは言いません。しかし、身近で確かな手触りのある物事から、より大きな物事を射的するような視点は持ち続けたいです。遠い場所で起きている事象を、いかに目の前の実感へと落とし込めるかを突き詰めたいと思います。

赤塚 私は建築会社に勤務しながら、並行してGROUPの活動に参加していました。実務で巨大な建築プロジェクトを手がけることもありましたが、だからこそ、GROUPがこれまで実践してきたアプローチをスケールアップさせたらいったいどうなるのだろう、という純粋な興味があります。

編集部