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建築コレクティブ・GROUPはなぜ「都市と眠り」に着目するのか。模型を通じて読み解く「仮設的」な思考【2/3ページ】

再開発の都市において「眠り」をどう設計するのか

──今回の展示は3つの要素で構成されていますね。先ほどの1分の1模型に加え、映像作品《都市と眠り》とLEDの平面図《眠らない都市》がありました。映像作品は「渋谷と大都市」「渋谷と眠り」「No Sleep City」という3部構成でしたが、なぜ渋谷という街の「都市と眠り」をテーマに選んだのですか。また、渋谷というある地点をベースにしながら、ドイツ、釜ヶ崎(大阪)、パレスチナといった多様な場所が縦横無尽に参照されていました。スケール感のつなぎ方の、ある種の脈絡のなさが興味深いと感じました。

井上 映像というメディアだからこそ、地理的、歴史的に離れた場所同士をシークエンスとしてつなぎ合わせられる。そのダイナミックな仕組み自体が面白いと思い、取り組みました。この作品では、建築史家の海老澤模奈人さんに近代ドイツ建築家のルートヴィヒ・ヒルベルザイマー(1885〜1967)のことを、社会学者の丸山里美さんに女性ホームレスの実態を、都市研究者の窪田亜矢さんに宮下公園の変遷についてインタビューしています。

 リサーチの出発点となったのは、2020年に渋谷区で起きた「渋谷ホームレス殺人事件」です。そこから、都市のなかで「眠る場所」がどのように扱われているかというリサーチへ移行し、私たちの事務所がある渋谷、そして再開発が急速に進む渋谷駅周辺のあり方へと結びついていきました。LEDで照らされた眩しい街は東京にたくさんありますが、渋谷はその光と「再開発」がセットになっています。深夜になっても人が減らず、眠らないでいようと思えばずっと路上にいられる。しかしそのいっぽうで、再開発とともにかつてそこにあった多様なアクティビティが排除され、その裏で「不眠」というまったく新しい行為が誘発されています。

 渋谷区における再開発のイメージパースが時折発表されますが、そこに描かれている人たちはなぜか一様に歩いていて、アクティビティといっても路上コンサートやマーケットなどで、生々しい人間の欲望が見えてきません。しかし実際の渋谷にいる人々には、もっと「暗さのグラデーション」があるはずだと感じています。

──「暗さのグラデーション」というのは、具体的にどのようなことを指しているのでしょうか。

井上 渋谷の街中にあるのは、なにも人々の活発な活動だけではありません。カフェの1席や路上に座り込んで休憩する人や仮眠を取る人もいる。都市は、もっと立ち止まってもいいし、ただ眠っていてもいい、大抵のことは許される場所であるべきだと思うのです。現在の開発は、そういった人たちが存在しない前提で進められているように見えます。もっと多様な状況に置かれた人々を包摂することを想定したほうが、建築設計として都市に貢献できるのではないかと考えています。そのため、今回の展示ではインタビューに加えて、フォレンジック・アーキテクチャー(*1)を主宰する建築家エヤル・ヴァイツマン(1970〜)の唱える「垂直性の政治」、1970年代イタリアの建築家集団アーキズームの「No Stop City」、ベルギーの建築家ユニットDOGMAの「Stop City」を引用して、建築設計の可能性を考えています。

曽根 GROUPは、自分たちが置かれている身近な状況や環境を逆手にとり、プロジェクトを前に進めていくことが多い組織です。事務所がたまたま渋谷区にあったということも、今回のテーマ決定における大きな要因でした。

 先ほど井上が言ったように、渋谷は再開発と「不眠」の誘発がセットになっています。かつて路上にあったチーマー文化や路上飲酒のような、ある種のアクティビティが徹底的に排除されるいっぽうで、夜通し稼働し続ける「不眠」という新たな行動様式が要請されている。この2つの事象を同時に引き起こしているという点で、渋谷はきわめて興味深い対象でした。

映像インスタレーション《都市と眠り》(2026)。ディレクション・映像編集:涌井智仁 映像撮影:稲田禎洋 会場撮影:木奥惠三 写真提供:WHAT MUSEUM

──今回の作品と同様に、これまでのGROUPの活動や提案もどこか「仮設的」であると感じています。人間の生活における「眠り」という行為も、「仮設的な死の状態」と捉えることができるかもしれません。現代は、より効率的な眠りを求めてリカバリーウェアが流行するなど、睡眠がパフォーマンス維持のためにコントロールされる時代です。建築コレクティブであるGROUPにとって、この「眠り」というテーマに向き合うことには、どのような意味があるのでしょうか。

井上 再開発の本質は、個人の生活における「管理の対象」を拡大していくことだと考えています。眠りはきわめてプライベートな行為だと思われがちですが、もはやそうではありません。社会的なルールや勤務体系のなかで、すでに完全に管理の対象に組み込まれています。その管理社会の良し悪しについて、立ち止まって考えたいと思ったのです。

 渋谷に暮らす人たちがあのLEDに照らされた壁の内側で暮らしていることを考えると、いわゆる「ホームレス」と呼ばれる人々との境界線が極めて曖昧になってきていると感じます。そのとき、それは本当に「暮らしたくないディストピア」なのか、あるいは新しい都市の「アイデンティティ」となりうるのか。その状況に新たな価値づけを試みることで、現在の渋谷の再開発をさらに極端に推し進めたような都市像が描けるのではないかと考えました。従来の「古い建物が壊されることでコミュニティが失われる」といった開発反対のロジックに終始するのではなく、「開発という行為そのもの」を徹底的に思考し直す必要があります。今回展示している再開発案は一見するとマイナスに映るかもしれませんが、もしかしたらそこから新しい可能性を見出せるかもしれない。今回の提案は、まさにそうした議論を巻き起こすためのものなのです。

赤塚 現在、渋谷の再開発では「インクルーシブ」や「ジェンダー配慮」が声高に叫ばれています。もし本当にそれらを目指すのであれば、「眠り」という根源的な行為も、必然的に都市が引き受け、超えなくてはならないテーマのはずです。居眠りや路上での休息を許容する都市こそが、現在の管理型開発とは異なる、もうひとつの都市開発のあり方として目指せるのではないかと考えています。

──「眠り」は誰もが毎日行う身近な生理現象です。それを主題として扱いながら、さらに「社会的弱者の眠る場所」へとフォーカスを絞り込んでいく映像のプロセスが、鑑賞者に共感を生む構成になっていますよね。建築の仕事のプロセスは、クライアントへプレゼンテーションをしたり、説得や交渉などが多いと思います。それを説明するステートメントなどがあったとしても、「共感」を直接的に生み出す言語をあまり持たない印象もあります。そのためにあえて映像という表現手法を選択したのでしょうか。

井上 映像に関心をもったのには、まさにそうした意図があります。建築の展示における基本は、写真・図面・模型の3点セットです。私はこの3点セットがあれば、これまで建築の領域ではなかったものも建築として取り扱える、と考えています。今回も、模型としての「マクドナルドの座席」、図面としての「LEDパネル」、そして写真の代替物として「映像」を配置し、建築展示の形式をなぞるように設計しました。

 WHAT MUSEUMには建築系の学生も多く来場すると聞いていたので、映像作品自体は専門家へのインタビューを交えた番組のように構成し、リサーチの文脈がストレートに伝わるように心がけています。フォレンジック・アーキテクチャーの制作する作品の客観的な語りの形式を借りることで、ドイツ、釜ヶ崎、渋谷といった背景の異なる複雑な内容であっても、鑑賞者が混乱せず、明快に理解できるように整理を行いました。

奥にあるのは、LEDの平面図《眠らない都市》(2026) 撮影:マ.psd 写真提供:GROUP
映像インスタレーション《都市と眠り》(2026)。プロジェクターからはLEDが絶え間なく光る渋谷の映像が流れ、床置きのモニターには、その光に照らされながら眠る人の姿が映し出されている 撮影:マ.psd 写真提供:GROUP

──「No Sleep City」で語られるプロポーザルを拝見したとき、「活動」と「非活動」の二極しかなく、24時間稼働し続ける三交代制の工場や物流センターのようなものを想起しました。ディストピアを強く感じたのですが、あえてこのような極端な提案を投げかけた真意はどこにあるのでしょうか。

井上 去年、大阪・関西万博に出品していた作品を修理するため、夜中に会場へ向かうことがしばしばありました。数えるほどしか人がいないこの時間帯の万博会場は、LEDディスプレイの光に満たされていたのです。そこで思ったのは、アメリカの建築家ロバート・ヴェンチューリや、デニーズ・スコット=ブラウン、スティーブン・アイゼンナワーによる『ラスベガス』(The MIT Press、1972)で記録されていた看板・文字・光・イメージによる「ラスベガス」は技術的に更新されて、現代はLEDディスプレイで代替されているのではないか。いま、LEDディスプレイを建築として考えてみる必要があるのではないか、ということでした。

中井 先ほど井上も申し上げましたが、管理主義的な開発を極限まで先鋭化させた都市像を突きつけることで、「本当に私たちが望む都市とは何か」という本質的な議論を引き起こしたかったのです。建築が考えるべき都市計画とは、ルールで人間を縛るような政治的な管理ではなく、「環境そのものを設計すること」です。既存の都市開発のプラットフォームに乗りつつも、そこからまったく異なる議論や反論を活性化させるための、一種の思考実験としてこの「No Sleep City」を提案をしています。

*1──空間・建築分析、モデリング、映像技術などを用いて、人権侵害や国家犯罪などの現場を可視化・検証するロンドン大学ゴールドスミス校を拠点とする国際的なリサーチ集団。

編集部