コロニアリズムの力を炙り出す
吉國 僕はアフリカのジンバブエで1986年に生まれて幼少期を過ごし、1996年に日本に移住しました。ディアスポラ(*3)と言えるかわかりませんが、自分が生まれ育った場所から切り離された経験は、作家活動において大きいですね。「ジンバブエで生まれたのになぜ日本にいるんだろう」「なぜ帰れないんだろう」と自分に問いながら、表現し続けているんだと思います。
なみちえさんのお話を聞いて、自分の作品とテーマが近いいっぽう、大きく異なる部分もあると感じました。西洋を介さずにアフリカを見る視点は重要だと思いますが、僕は多摩美術大学で油絵を学んだので、石膏彫刻やヌードモデルのデッサンを経験し、西洋的規範が技術としても視点としても自分のなかに染み込んでいる。逆に、描くことによってそれを炙り出していくようなイメージなんです。例えば、僕がよく使うモチーフとして母子像がありますが、ジンバブエは旧イギリス領でキリスト教が布教されていたので、学校で聖母子像を頻繁に見ていたという背景があります。僕はそういった聖母子像の構図を換骨奪胎して、主に白人家庭に家政婦/乳母として雇われていた現地の女性(ドメスティックワーカーと呼ばれる)と彼女が子守りをしていた子供の姿を描いています。実際の親子ではないケアのあり方、もちろん植民地支配の歴史・経済格差が背景にあるのですが、僕はそういったことを見ていきたいんです。僕の批評意識はあえて言うなら、こういったかたちで表れているように思います。

ジンバブエにいた子供の頃には、野外の絵画教室に通っていました。でも、旧植民地の文化的な名残りがある環境で、公教育はすべて英語でなされていた。街中に入植者の銅像が建てられていることなんかもアフリカではよくありました。こうしたバックグラウンドから、僕は「ポストコロニアル」という概念を、外側にあるものとして批評するよりは、こういう経験をしてきた自分が絵を描くことの歴史的な意味を考えていきたいです。

本展の出品作「来者たち」シリーズは72点1組で、ジンバブエ時代に出会ったアフリカの人々、家族、日本で出会ったアフリカ人の友人たち、ミックスルーツの友人たち、アフリカに住む入植者2世・3世の人々などを群像として描いたものです。ミックスルーツの友人をなぜ含めたかというと、彼らのなかにあるアフリカ的なものと日本的なものの両義性は、僕が身近に接してきたアフリカと日本をめぐる経験の一部として見逃せないものだと思うからです。現実空間では集まれない人々を絵画によって集めていながらも、フレームによる隔たりや可変性から、人がどのように出会い、集まり、離れていくのかを示唆したいと考えました。
展示会場では隣にあるなみちえさんの作品とも共鳴していると感じられて、嬉しかったですね。ここに描かれた人々が、どういうふうになみちえさんや僕の作品を見るのか気になります。
なみちえ 植民地主義は過去の出来事ではなく、教育や宗教、美術の規範、そして「誰が誰を見るのか」という視線のなかに、いまも残り続けているものなのだと感じています。

ルッキズムと「ゆるふわ植民地主義」
吉國 僕となみちえさんの共通の関心として、植民地主義があると思います。捉え方が異なる部分もあると思いますが、なみちえさんの考えをお聞かせください。
なみちえ とくに見た目や美意識に関することで、気持ち悪いと感じることが多いですね。白人らしさや白い肌がいいものとされる風潮は、タイにも、韓国にも、ガーナにもあります。自分のようなミックスの人が起用された広告を見ることもあり、複雑でしたね。
日本のファッション雑誌でも白人ハーフモデルばかりを起用したり、下着のモデルは白人が多かったり。そういう人たちがメディアやエンターテインメントの領域で優先される構造になっていること自体がすごくおかしい。
吉國 征服し押さえつけようとする力、きつい言い方ですが「ホワイトウォッシュ」ですよね。植民地侵略に関連する言葉で未開拓の場所を「処女地」と表現してきたことからも、植民地主義は支配し飼いならし、時には殺戮するという非常に男性的な価値観に基づいたものだとわかります。では、日本について植民地的だと感じることはありますか?
なみちえ 知り合いが言っていた言葉ですが、日本は「ゆるふわ植民地主義」で、未だゆるふわにアメリカに支配されていると。
吉國 すごいパワーワード。
なみちえ だからこそガーナから帰国後、日本やアフリカの原点を見たいと思うようになりました。おばあちゃんに着物を着つけてもらったりもして。自分が混ざり合っている人間だからこそ、日本で語られる“多様性”が、実際にはアメリカ的価値観を経由していることに複雑さを感じます。
吉國 なみちえさんは戦うタイプの作家ですよね。尊敬するいっぽう、ずっと戦い続けることを強いる社会ってなんなんだろうとも思います。
なみちえ 不健康な社会ですよね。私は将来的には2拠点生活をしたいと思っているんです。日本にずっといると自分の魂にとってもったいない気がしていて。アフリカのほかの国にも行ってみたいですね。
*3──かつてはユダヤ系の民族離散を表していた言葉だが、近年では総じて、もとの居住地を離れて暮らす民族の共同体を指す。アフリカン・ディアスポラは大西洋奴隷貿易による強制移住や戦争や経済的理由による亡命や移住等が背景にある。日系ディアスポラもある。



















