帰属意識はどこにあるか
なみちえ 私の部族であるアシャンティ系アカン族は、ガーナでいちばん数が多いんです。部族が違うと言語も異なるので、違う部族同士は英語で話すこともありますね。エウェ族という部族の占いである「アファ(Afa)」をしてもらったとき、私の父は呪われていて、私にもその呪いが引き継がれていると言われたことがありました。信じられないような話だけど、西洋的な科学や医学を前提としなければ、呪いというのもありえるな、と素直に受け止めることができたんです。日本にも沖縄のユタやノロ、東北のイタコなどがあるので、スピリチュアルな話も受け入れられたのかもしれません。エウェ族はガーナとトーゴに分割統治され、アカン族と対立していた歴史的経緯もある部族ですが、私の部族との文化の違いが興味深いです。

吉國 アフリカにおける部族主義は、政治的に利用されて内戦の要因にもなった深刻な問題ですね。人種がつくられた概念だという考え方は一般的になってきたいっぽう、「部族」という言葉によって序列をつくったり、人を分断してしまうことの影響は注視していかなければならないと思います。僕が発行する雑誌『MOTOマガジン』の取材で在日アフリカ人に会った際にも、「トライブが異なる人とは交わらないし、住み分けもある」と聞くことがありました。それを理由に交流しないのはもったいないように思ってしまいますが、歴史的・文化的背景や言語の違いがあったりするので、一筋縄ではいかない繊細な問題だと思います。
なみちえ それでいうと「ハーフ」の人たちって、人種関係なく「ハーフ」ということだけで仲良くなるんですよ。もちろん本当に親しくなるかどうかは性格によるけれど、「片親が外国人」という曖昧でアバウトな共通点があれば、垣根を越えて交流する。日本に住んでいると、日本人と外国人の2種類に分断されてまなざされるという理由もあると思います。ただ植民地主義的な目線では、そのなかに白い外国人・黒い外国人の区別もある。とくに参政党の「日本人ファースト」や、「アフリカ・ホームタウン」問題(*4)に代表されるような排外主義的な思想では、黒いものは犯罪率が多いとされたりする。そもそも白人的な枠組みのルール自体を見直せていないことが問題だと、「ハーフ」の人と関わっていると思い出します。
吉國 だからこそ、なみちえさんが表に出て活動していることは重要だと思います。今後、社会運動家的な立ち位置にシフトしていくかもともおっしゃっていたのも納得です。
なみちえ 私、CBD製品を持っていただけで、2021年に大麻取締法違反で不当逮捕されたんです。いまも裁判中なんですが、最近逮捕時の動画を上げたら、めっちゃバズって。
吉國 あの動画を見るのはめちゃくちゃキツくて、胸が痛みます。それに対して怒りや抗議の表現をするのはよくわかるけれど、深い傷を負う経験でもあるので、背負いすぎないようにしてほしい気持ちもあります。ミックスルーツの女性として、規範や見本、先行事例とされる可能性もあると思うので。
なみちえ そうですね。 勝手に背負わされないようにしたいし、背負わされそうになったらアフリカに逃げます(笑)。外国にいると、バスひとつ乗るにもローカルルールのなかにぶち込まれ、意味不明さを体で受け入れなくちゃいけない。その経験を国の数だけできるわけだから、毎回そうやって逃げたいですね。日本はいつでも帰れるホームタウンではあるけれど、日本中心で考えてはいけないと思い、ガーナに行った2024年頃から英語も頑張っていて。英語とチュイを一緒に使うことで頭のなかのフォルダが増えて、日本語を使っているときとは違う考え方ができるようになった気がします。
吉國 日本での日常生活のなかにアフリカ人のご家族がいるというのも、大きなことですよね。
なみちえ 父とは深い話をするよりも、時間を共有するなかで無意識に得ているものがあるように思います。西洋至上主義的な世界においては、選択肢が増えすぎて人間本来の直感力がないがしろにされていると思うことがありますが、父はのんびり生きているようでふとした言葉で核心を突くんです。直感力を大事に生きているからかも。
吉國 アフリカへの帰属意識、よそ者意識についてはどう考えられていますか? 本展で紹介されているアフリカとアジアの交流の背後には、自己が切り裂かれるような経験も当然あるだろうと思います。
日本にいるジンバブエ人たちは「ジンバブエで生まれ育った」と話すと僕を「同郷」として歓迎してくれる。少なくとも僕はそう感じています。しかし、なみちえさんと比較すると、僕のアフリカ生まれのルーツは見た目では分かりづらいんです。10歳のときに日本に来て、見に見えるもの、手に触れるあらゆるものに異和感を感じているのに、まわりから押し付けられる「日本人」としての、日本的な価値観に閉じ込められることが苦しかった。だから、そこから逃れたかった。僕は高校卒業後にドロップアウトをして、進学をせず家を出て、5年間清掃の肉体労働をしながら一人暮らしの部屋で絵を描いていました。生き方を模索していた暗い時期でしたが、あれは僕なりの進学や出世コースをめぐる同調圧力に対する反抗だったんだと思います。外国で生まれ育つという経験はいまでは珍しいものではないけれど、僕に関して言えば、ジンバブエで経験したことが僕に消しようもない深い刻印を残したと感じています。だから僕自身は、いつかは向こうに帰りたい、日本に戻ってこなくてもいいと考えているくらいなんです。
なみちえ 私は日本でもガーナでも外国人扱いされてきたので、正直どっちにも属せない感覚、慢性的に心がざわざわして落ち着かない感覚があります。だからやっぱり2拠点生活がいちばん良いのではないかなと考えています。
私の帰属意識は自分の部屋にあるのかもしれないですね。着ぐるみがあり、レコーディングスペースがあって、着ぐるみが吸音してくれるからいい感じに音がレコーディングできるんですよ。これがもう落ち着いて仕方ない。いちばん自由で、自分がゼロになる。ひとりぼっちでいるときが、すごく自分になれて、人種を忘れられる瞬間なんです。
吉國 ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』(1929)ですね。制作し考えるための場所がいちばん落ち着くという感覚はよくわかります。僕自身も生まれ育った場所から切り離されているけれど、絵を描いているときはその場所や人と対峙する感覚があり、生きている実感を持てます。それを「帰属」と呼ぶかはわかりませんが、危機の瞬間に自分や大切な人を守るためのシェルターとなるような場所は自分で見つけてつくっていくものと思っています。
*4──2025年8月、独立行政法人国際協力機構(JICA)が発表した構想。国内の4市(千葉県木更津市、山形県長井市、新潟県三条市、愛媛県今治市)をアフリカ4ヶ国の「ホームタウン」に認定し、地方自治体と各国との交流促進を目的としていた。しかし、「ホームタウン」という表現も相まって、SNS上で誤情報が拡散され炎上。国内における排外主義的な感情の表出が浮き彫りとなり、発表から約1ヶ月で構想は撤回されるに至った。



















