ターナーの絵画をもっと知るための5つのキーワード【3/3ページ】

KEYWORD 5:環境
気候変動時代の風景

 一般に風景画が描き出すのは、静止した眺めである。それは現実の瞬間が切り取られたものであったり、理想化されたものであったりする。しかし、ターナーが描く風景は、決して静止していない──光は溢れ、雲は流れ、海は荒れる。そうした風景は、一定不変の美しさを湛えるというよりも、刻一刻と変化する環境を示唆しているように思われる。

 そもそも西洋において、風景(landscape)と環境(environment)は、根本的に異なる概念であった。風景は、もともと「風景画」を意味したように、視覚に依拠する美学的な概念であるのに対し、環境はエコロジー(生態学)を核とする科学的な概念である。しかし、気候変動が顕在化した現代において、私たちは風景をもっぱら美的対象として鑑賞することができなくなっている。人間は、自然から分離された存在ではなく、生物と環境が相互に作用し合う動的な生態系の一部なのだ。

 20世紀後半に台頭したアースワークは、こうした環境に対する意識の変化をいち早く反映した芸術運動のひとつである。例えば、ロバート・スミッソンは、ピクチャレスクを絵画に依拠する静的で形式主義的な見方としてではなく、現実の土地に根ざした動的なプロセスとして捉え直し、自身の作品に自然の作用を取り込んだ。《Spiral Jetty》(1970)は、塩湖によって浸食されながら、その姿を絶えず変化させている。

オラファー・エリアソン《Ice Watch》(2015-) テートに隣接するバンクサイドでの展示風景(2018) Ice Watch by Olafur Eliasson and Minik Rosing Supported by Bloomberg Installation: Bankside, outside Tate Modern, 2018 © 2018 Olafur Eliasson

 一方、オラファー・エリアソンは、より直接的に環境問題を鑑賞体験へと接続する。《Ice Watch》(2015-)では、グリーンランドのフィヨルドから運ばれた巨大な氷塊が都市空間に設置され、人々が手に触れ、氷の溶けていく時間を目撃する。エリアソンは、いわば一種のショック療法によって、環境問題を抽象的な知識にとどめず、市民一人ひとりに行動するよう呼びかける。

 ターナーの活動した19世紀当時、自然の力は、人間を圧倒する崇高なものとして考えられていた。しかし現代では、自然の振る舞いもまた、人間活動の影響を受けたものとして認識されている。現代において「風景を見る」ことは、自然を外側から眺めることではなく、人間自身もその変化に関与する一要素として、環境の内部から世界を眼差すことなのである。

参考文献
小田部胤久『美学』(東京大学出版会、2020)。
イマヌエル・カント『判断力批判 第一部――訳と詳解』小田部胤久訳(東京大学出版会、2024)。
桑島秀樹『崇高の美学』(講談社、2008)。
丹治愛『イングランド田園風景の文化史――創造されたナショナル・アイデンティティ』(岩波書店、2026)。
中島俊郎『英国流 旅の作法――グランド・ツアーから庭園文化まで』(講談社、2020)。
星野太『崇高と資本主義――ジャン=フランソワ・リオタール論』(青土社、2024)。
Andrews, Malcolm, Landscape and Western Art (Oxford: Oxford University Press, 1999).
Burke, Edmund, A Philosophical Inquiry into the Origin of Our Ideas of the Sublime and Beautiful (1757), 2nd ed. (London, 1759).[エドマンド・バーク『崇高と美の起源』大河内昌訳(平凡社、2024)]
Ruskin, John, Modern Painters, 5 vols (London: Smith, Elder and Co., 1843–1860), vol. 4 (1856).
Smithson, Robert, “Frederick Law Olmsted and the Dialectical Landscape,” Artforum (February, 1973): 62–68.[ロバート・スミッソン「フレデリック・ロー・オルムステッドと弁証法的風景」平倉圭、近藤亮介訳、『美術手帖』vol. 74 No. 1094(美術出版社、2022)、113–36頁]

編集部

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