ターナーの絵画をもっと知るための5つのキーワード【2/3ページ】

KEYWORD 3:海と大気
主客の融解

 ランドスケープとは本来、土地(land)の眺めを指す。通常、画家は安定した地面のうえに立ち、対象から一定の距離を取りながら世界を観察する。ところがターナーは、こうしたランドスケープの前提を覆す。というのも、彼が生涯にわたって取り組んだ主題である「海」は、陸とは異なり、絶えず動いているからだ。しかも、動いているのは海だけではない。画家自身も動いている。ターナーは、海岸からだけでなく、船上からも海を描いたのである。

 なるほど、海の風景すなわち「海景」は、英語で「シースケープ」と呼ばれ、「ランドスケープ」から明確に区別されている。陸ではなく海を描いているから、たしかに字義通りなのだが、ターナーの海景画が特異なのは海上で(あるいは海上での体験にもとづいて)描かれた点にある。海上では足元が不安定であり、身体および視界は常に揺さぶられる。そのとき、見る主体は、もはや対象から適当な距離を保つことができない。ターナーの海景画を特徴づける渦巻くような構図や曖昧な輪郭は、こうした画家の身体的経験と深く関わっている。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《Snow Storm – Steam-boat Off a Harbour’s Mouth》(1842) キャンバスに油彩 91.4×121.9cm テート

 そして、海と並んで重要な主題が「大気」である。実際、大気は海と表裏一体をなす。目まぐるしく移り変わる気象は、海と空との境界を曖昧にする。ターナーと同時代の画家ジョン・コンスタブルが、イギリスの空や雲を丹念に観察し、その真実を写実的に描いたのに対して、ターナーはイタリア旅行以後、地中海の熱と光を大胆かつ詩的に表現し、すべての存在を大気のなかへ溶け込ませていった。

 要するに、ターナーの風景画において、画家(ひいては鑑賞者)は、海と大気の運動に巻き込まれ、それらと一体化する。換言するなら、海と大気は、「見る人間」も「見られる自然」も分け隔てなく包摂している。この点において、ターナーの海景画は、ランドスケープが前提としていた主客二元論を逸脱していると言えよう。

上村洋一《Breathe You》(2020) サウンドインスタレーション 発光塗料、ブラックライト、植物育成用の照明、スピーカー、音響 「道草展:未知とともに歩む」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、2020)展示風景
丸山直文「水を蹴る」(2022、シュウゴアーツ) Copyright the artist, Courtesy of ShugoArts, Photo by Shigeo Muto

 海と大気に象徴されるこうした感覚は、現代美術にも継承されている。例えば、リチャード・ロングの《Driftwood Line》(1977)は、海辺で見つけた流木を矩形や円形に配置することで、その一本一本が歩んできた時間を想像させる。上村洋一の《Breathe You》(2020)は、知床で行ったフィールド・レコーディングをもとに構成されたサウンド・インスタレーションで、地球温暖化によって失われつつある風景や音を呼び戻す。また、丸山直文は、水を含ませたキャンバスに絵具を滲ませる独特の技法を通して、自己と世界を媒介する大気まで描き出す。彼らに共通するのは、人間を自然と不可分な存在として捉える視点である。ターナーが繰り返し描いた海と大気は、人間と自然との関係が問い直される現代において、なお重要な主題であり続けている。

KEYWORD 4:テクノロジカル・サブライム
蒸気から原子力、AIへ

 18世紀以来、崇高をめぐる議論は、人間と自然との関係に深く根ざしながら展開してきた。ただ、19世紀になると、そこに新たな関係項が加わる──科学技術である。ターナーが生きたのは、産業革命によって生活環境が著しく変化した時代であった。運河や有料道路の整備によって人や物の移動が加速し、やがて鉄道が登場すると、時間の感覚は刷新される。

 ターナーの《雨、蒸気、速度──グレート・ウェスタン鉄道》(1844)では、蒸気機関車が雨を切り裂くように疾走している。その車体はほとんど風景のなかに埋没し、自然と人工物との境界は曖昧になっている。蒸気は、機械の動力源であると同時に、雲や霧と同じく自然界に存在する現象であるように、人為と自然が不可分であることを示唆している。ターナーが描こうとしたのは、蒸気機関車そのものよりも、その速度によって変容する人間の知覚、すなわち世界の経験であったように思われる。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《雨、蒸気、速度──グレート・ウェスタン鉄道》(1844)》(1844) キャンバスに油彩 91×121.8cm ナショナル・ギャラリー、ロンドン

 こうした近代的な崇高を、歴史学者デイヴィッド・ナイは「テクノロジカル・サブライム」と名づけた。19世紀末、西部フロンティアが消滅すると、アメリカは土地・資源の発見から科学技術の発明へと舵をきる。こうして巨大橋梁や高層建築、のちには宇宙開発などが、人間のスケールをはるかに超え、かつての自然と同様に畏敬や恐怖、すなわち崇高を呼び起こすようになった。人類に幸福をもたらすはずのテクノロジーが、ともすると危機をもたらすような操作不能・予測不能な性格を帯び始めたのである。その最たる例が、原子力であり、今日の人工知能(AI)である。

 そして、このような高度に発達したテクノロジーを基盤とする現代社会を鋭く批判したのが、哲学者ジャン=フランソワ・リオタールである。リオタールは、科学技術が効率を追求するあまり、人間の思考や感性を画一化する危険性を指摘し、それを「非人間的なもの」として論じる。さらに、カントの崇高論を引き継ぎつつ、抽象絵画の分析を通じて、呈示不可能なものをいかにして呈示するのかという問いに向き合った。この問いは、科学技術が人間の限界を絶えず押し広げている今日、いっそう切実な意味を帯びている。

 ターナーの描いた蒸気機関車は、テクノロジーの果てしない可能性と、それによってもたらされる人間の知覚の再編、すなわち近代の夜明けを象徴していた。それから200年近く経ったいま、科学技術は社会を支えると同時に、人類の存続を脅かす存在ともなっている。崇高は、もはや遠く離れた山岳や大海原にだけ存在するのではなく、私たちのすぐそばにある。

編集部

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