「絵金祭り」ならではの鑑賞体験
近年、絵金作品は、東京・六本木のサントリー美術館をはじめとする美術館の企画展などでも紹介され、再評価が進んでいる。しかし、夜の商店街に作品がずらりと立ち並ぶ現場の臨場感は、美術館の展示室とは一線を画した迫力に満ちている。祭りは18時からスタートするが、芝居絵屏風が開帳されるのは陽が落ちた19時。時間になると一斉に屏風が開かれ、前に置かれた蝋燭に火が灯される。現在、県内各地で絵金派の作品が展示されているが、実際に本物の蝋燭の火を用いて展示を行っているのは赤岡の絵金祭りだけである。


蝋燭の灯りを頼りに、鑑賞者は作品へとにじり寄る。遠目から全体像をとらえるだけでなく、限りなく接近して鑑賞することによって、描かれたおどろおどろしい作品世界へと没入することができる。暗がりのなかに浮かび上がる登場人物の業や情念を孕んだ表情は、見る者の心に強く迫る。
商店街を歩くと、同一の物語内の異なる場面を描いた屏風が点々と連続していることに気づく。来場者はそれらを巡りながら鑑賞することで、物語が街全体に立体的に構成されていくような感覚を覚える。かき氷やイカ焼きが売られている地元の夏祭りのなかに、異様な世界観を持つ芝居絵屏風が溶け込んでいる空間のコントラストは、本祭りの特徴と言えるだろう。

また、会場内には作品に描かれた物語の場面や技法について解説を行うボランティアの「語り部」が配置されている。暗闇のなかでは設置された解説キャプションを読むことが難しいため、語り部の声によるナビゲーションが重要な役割を果たしている。学生から大人まで多岐にわたる語り部たちの丁寧な言葉によって、初めて足を運んだ鑑賞者であっても、絵金の作品を深く理解することが可能だ。
保存と活用のあいだで──地域が紡ぐ絵金文化の継承
かつて芝居絵屏風は各所蔵家の蔵などで個々に保管されていた。年に一度、陽が落ちてから数時間展示されるだけであったため、紫外線の影響を受けにくく、作品は保たれてきた。しかし、元来が祭礼の小道具としてつくられたものであるため、本格的な保存体制の構築が必要となり、2005年に地域主導の展示保管施設「絵金蔵」が誕生した。2009年には作品群が高知県保護有形文化財に指定されたことで保存への機運はさらに高まり、現在では展示時の飲食店との距離の確保や、撮影時のフラッシュ禁止など、現代的な文化財保護の観点を取り入れた展示運用が徹底されている。

いっぽうで、展示時は「昔ながらの商店街の軒先に飾るスタイル」と「蝋燭の灯りで鑑賞する体験」を損なわないよう、保存と活用のバランスを絶えず模索し続けている。絵金蔵の立ち上げにあたっては、行政と住民による約10年の議論を経て設立に至った経緯がある。「構想段階から地域住民が主体的に関わり、話し合いを重ねてきた。地域を思う一人ひとりの強い気持ちがあったからこそ、いまも絵金蔵の運営が続いている」と絵金蔵運営委員会会長の浜田義隆会長が語るように、同館は地域にとって欠かせない存在となっている。同館は香南市の指定管理を受けた地元商店主やボランティア等を中心とした組織となる絵金蔵運営委員会が中心となって運営を支えており、たんに美術品を守るだけでなく、絵金文化が根付いた赤岡という街そのものを守り継ぐという強い地域意識が、活動の根底に流れている。
この文化継承の精神は、若い世代へのアプローチにも現れている。一例として、昨年から本格化した中学生による「語り部」の取り組みが挙げられる。地元の若者が当事者として絵金の歴史や作品背景を学び、来場者へ解説することで、自らのルーツや地域の文化財に対する理解を深める機会となっている。絵金蔵学芸員の中西洸太朗は、「自分自身も赤岡出身で幼い頃から絵金に親しんできた。早い段階で作品や祭りに触れておくことが、大人になってからも絵金や地元に関心を持ち続けるきっかけになる」と語る。近年では国内の遠方のみならず海外からの来場者も増えており、学生たちからは英語や韓国語でのガイドに挑戦したいという主体的な声も上がっているという。次世代によるこうした積極的なアプローチは、絵金文化のグローバルな発信やインバウンドの誘致においても、今後の大きな力となるに違いない。
幕末の町絵師・金蔵が描いた芝居絵屏風を、かつてと変わらぬ街の暗がりと蝋燭の灯りのなかで鑑賞する「土佐赤岡絵金祭り」。節目となる50回目を迎え、伝統的な鑑賞スタイルを守りつつも、文化財としての保存環境の整備や若い世代による解説の多言語化など、時代に応じたアップデートを重ねながら現在へと受け継がれている。地域の人々の手によって大切に育まれ、進化を続ける赤岡の絵金文化は、これからも多くの人々を魅了し続けるだろう。
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