幕末から明治にかけての土佐で活躍した絵師・金蔵(1812〜1876)。祭りの場で楽しまれた芝居屛風や絵馬提灯などを手がけ、いまも高知では「絵金(えきん)さん」の愛称で親しまれている。
大阪・あべのハルカス美術館で開幕した「幕末土佐の天才絵師 絵金」は、高知県外ではじつに半世紀ぶりとなる金蔵の展覧会だ。会期は6月18日まで。担当学芸員は同館上席学芸員の藤村忠範。また、金蔵を専門とする高知の「創造広場『アクトランド』」学芸員の横田恵が協力している。
金蔵は1812年(文化9年)に、高知の髪結いの子として生まれたと伝わっている。幼い頃より画才があり、土佐の絵師たちに学んだあとは江戸にのぼって狩野派の土佐藩御用絵師・前村洞和のもとで修行した。なお、洞和は河鍋暁斎の師としても知られており、金蔵と暁斎は同門ということになる。
その後、帰郷した金蔵は林洞意を名乗り御用絵師として活躍するものの、贋作事件に巻き込まれたと伝えられ、御用絵師の身分と林姓を剥奪されている。その後は、大衆に愛される絵師として芝居屛風や絵馬提灯などを手がけ、多くの門人と育てた。
展覧会は「絵金の芝居絵屛風」「高知の夏祭り」「絵金と周辺の絵師たち」の3章構成。本展で特徴的なのは「ロウソクの灯りで屛風を照らす」「絵馬舞台に乗せる」といった、金蔵の作品が高知の祭りで実際に飾られてきた環境を再現しているところだ。
第1章「絵金の芝居絵屛風」では、金蔵が多く手がけた芝居絵屛風を展示する。芝居絵屛風とは、神社の夏祭りで年に一度披露され、描かれた物語とともに人々が楽しむものだ。現在、高知県下に約200点の芝居絵屏風が現存しており、その多くが神社や公民館、氏子たちによる自治会、町内会などにより管理されている。金蔵亡きあとも絵屏風はつくられたため、弟子や孫弟子による絵金風ながらも独自の作風が見て取れるものも多いという。
本章では金蔵の基準作であり、最高傑作とされる香南市赤岡町の4つの地区が所蔵する芝居図屛風が展示される。いずれも歌舞伎や浄瑠璃に題材をとっているものだ。会場では、祭りで披露されるときと同様、ろうそくのような下からの照明が作品に当てられており、絵金の迫力ある絵とともに人々が物語の名場面を楽しんだことを想像させる。
金蔵の作品に特徴的な鮮やかな色彩は、独自の顔料を使用しているためとされていたが、近年の研究では一般的な画材で描かれていたことがわかったという。では、なぜここまで強い印象を残すのか。これについて横田は次のように語る。「絵金の屛風でとくに印象的なのは赤だが、どこに色を使うのかという配色の妙が、その鮮やかさを際立たせている言える。また、物語の場面を複数共存させるような複雑かつダイナミックな画面構成もあいまって、より印象的になるのではないだろうか」。
第2章「高知の夏祭り」では、「絵馬台(台提灯)」が印象的だ。高知の特定の地域の夏祭りでは、台を組んだ上に屛風を飾り、訪れた人々はその下の参道を歩きながら絵を見上げるのだという。祭りさながらに金蔵の絵を見上げることができる。
また、地元の宮大工・原卯平によってつくられたという、拝殿風の絵馬台も大変興味深い。手が長い「手長」と足が長い「足長」という、異国の妖怪・神仙的なイメージを司る存在が柱を支えている。
「絵馬提灯」も高知ならではの独特の風習だ。本展では石川五右衛門を主役に据えた人形浄瑠璃や歌舞伎の演目「釜淵双級巴(かまがふちふたつどもえ)」の絵馬提灯を、24点(本来は25点)展示。これも神社の祭りで飾られて物語を楽しむものだが、毎年新調されるために現存するものは希少であり、展示品は近年発見された希少な例だ。
第3章「絵金と周辺の絵師たち」では、金蔵の白描画や、金蔵の系譜に連なる関わりの深い絵師たちの作品を紹介。高知の豊かな絵文化に触れることができる。
近年の研究の進展により、保存や修復がすすむ金蔵の作品。本展はその研究内容を踏まえたうえで画業を明らかにしつつ、民衆のなかで楽しまれ、愛されてきた、文化としての「絵金さん」を伝える、意欲的な展覧会と言えるだろう。