美術史を「オペレーション」で読み直す
60年以上前の、あるエピソードからはじめたい。四国から上京していた作家と、欧米で活躍する著名作家とが出会い、意気投合して互いの作品を交換するに至った。高知出身の浜口富治と、スイス出身のジャン・ティンゲリーが、1963年に東京の南画廊で出会ったときのことだ。ティンゲリーは南画廊で行う個展のために来日していた。キネティック・アート、つまりモーターなどの機械によって「動く」彫刻の制作で名高いティンゲリーの前に現れた浜口は、自作の「動くオブジェ」を携えていた。通電すると金網の中の刃物(メス)がキリキリと音を立てて回る──そんな作品を見せるとティンゲリーは喜び、浜口に作品交換を持ちかけた。

キーコンセプトとしての「オペレーション」
このエピソードを、「日本の地方作家が世界的な作家に認められた成功譚」として語ると、出来事の本質を見誤りかねない。まず注目すべきは、浜口が自作を携えて南画廊を訪問したという行動そのものだ。
では、この浜口の行動を、美術史家・富井玲子が提示する「オペレーション」に即して捉え直してみよう(*1)。作家の表現が結実した作品を、どこで、どうやって、誰に見せるのか──複数の回路を経由してはじめて作品は「社会化」される。富井が言うオペレーションとは、表現を社会に伝え、広め、意味づけるための批評や教育を含むあらゆる回路の総体を指すコンセプトだ。
浜口のエピソードに戻ろう。浜口は「中央」たる東京の著名コマーシャルギャラリーを訪れた。そして、国際的に活躍する作家に自作を見せた。一連の行動は、浜口が自らの表現を高知というローカルな環境の内側に閉じ込めず、より広い文脈へと接続しようとして行ったオペレーションだったと捉えられる。

このように作家のオペレーションに注目することで、1960年代の高知で起きたローカルな出来事は、中央/周縁、著名/無名といった序列をいったん離れ、個別具体の事例として浮かび上がる。そうした事例を一つひとつ記述していくことで、世界各地の同時代的な実践との比較も可能になるのだ。
このオペレーション論を、実装させて構成したのが、筆者が担当した「高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治」展だった。本展では、高知の前衛美術運動を牽引した高﨑元尚と浜口富治というふたりの代表的な作家の「オペレーション」に注目した。
前衛の光と影
表現を社会化する回路──オペレーションを追うことは、ときにその回路が孕んでいた歪みに直面することをも意味する。たとえば、1960年代の高知の前衛美術運動には、女性作家の姿がほとんど見られない。具体的にいうと、作家たちの発表の場となった「高知県美術展覧会(高知県展)」洋画部門では、1947年から71年の25回までのあいだで、女性の「特選」受賞者はわずか2名にすぎなかった。家父長制的な価値観が社会全体に広く浸透していた当時において、女性が男性と同様の条件で制作や美術活動へと参入するには複数の障壁があったのだ。

さらに、調査の一環で実施した遺族や関係者からのヒアリングでは、幾度か引っ掛かりを覚えた。県展で落選した作家が審査員宅を襲撃するといった、暴力を伴う過激なエピソードが少なくなかったのである。加えて、浜口らが中心となって生まれた、高知の前衛美術運動を象徴するグループ「前衛土佐派」の元メンバーは、「大声、おどし、暴力」が派を率いる力となっていたと証言している(*2)。
展示を構成するにあたり、筆者はこれらの事実を見過ごすべきではないと判断した。なぜなら、浜口の作品やグループとしての前衛土佐派のあり方には、家父長制に根差した男性中心的な価値観が少なからず通底しており、それが彼らの活動や表現にも影響を及ぼしていたと考えられるためだ(*3)。
現代では首肯しえ得ない言動や振る舞いが、その活動の一部をなしていた以上、作家の振る舞いを属人的な問題として片付けるのではなく、展覧会の企画者として真正面から向き合うべきではないか。そこで本展では、男性作家の制作を支えた不可視の労働やケアの領域──とりわけ家族をはじめとした女性たちの存在──をも、作家のオペレーションの一環として考えて可視化することを試みた。
*1──本稿で参照する「オペレーション(運営)」概念の理論的枠組みについては、富井玲子『オペレーションの思想』(イースト・プレス、2024)および富井玲子「グローバル美術史なんか怖くない――前衛土佐派における〈国際的同時性〉と〈オペレーション〉」『高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治』(アートダイバー、2026)を参照のこと。
*2──大西清澄の執筆によるプロフィール欄『こんなアヴァンギャルド芸術があった!―高知の1960年代―』(高知新聞社、1997、255頁)。
*3──塚本麻莉「高知の前衛とはなんだったのか──高﨑元尚と浜口富治の実践を手掛かりに」『高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治』(アートダイバー、2026、157-159頁)。
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