NEWS / REPORT - 2026.8.1「マリー・アントワネット・スタイル」(横浜美術館)開幕レポート。アントワネットの「モード」はいかに継承されたのか右手前3点がミレーナ・カノネロによる映画『マリー・アントワネット』(ソフィア・コッポラ監督、2006)の衣装。マカロンの色彩に影響を受けデザインされたというジャン=フランソワ・ジャニネ(ジャン=バティスト=アンドレ・ゴーティエ=ダゴティの作品による)《フランスおよびナヴァールの王妃、オーストリアのマリー・アントワネット》(1777、原作:1775)会場に設置された、池田理代子『ヴェルサイユのばら』が本展とコラボレーションしたパネル右手前がローブ・ア・ラングレーズ(1770-90年代)製作地不詳。左奥からローブ・ア・ラングレーズ(1780〜85[プリント地は1785〜90に加工])イギリス製、ローブ・ア・ラ・フランセーズ(1760年代)スコットランド製。ローブ・ア・ラ・フランセーズの典型的なスタイル左からレオポルト・フィステラーによるドレスの装飾(1764発注)ロシア製、エグレット(1750年代)ポルトガル製。ダイヤモンドがふんだんに用いられている作者不詳[フェリックス・ルコントの作品による]《王妃マリー・アントワネット》(1790-1810、原作1783)。28歳のアントワネットをモデルにした胸像をもとに、没後に制作されたもの。オリジナルの作品はヴェルサイユ宮殿の王妃の寝室の暖炉のうえに飾られているジャンミバティスト=クロート・スネ《マリー・アントワネットの肘かけ椅子》(4点組の1点)、(1788)。小花柄、背もたれの上はバラとギンバイカで円形に縁取られたマリー・アントワネットのイニシャルのモノグラム「MA」があしらわれている《扇 母と息子》(1780年代)フランス製。1781年、アントワネットは世継ぎとなる王太子を出産。記念の扇が数多く制作されたジャン=ジャック・ラグルネ(弟)、ルイ=シモン・ポワン《乳房ボウル》(1787)セーヴル磁器製作所(フランス)。古代の乳房型の杯「マストス」に着想したこの器は、母乳が子育てにおいて重要であるという啓蒙主義以降の価値観をよく表しているフランス革命で用いられたフランス製のギロチンの刃(1791-93頃)。マリー・アントワネットの処刑に使われたと伝えられている斬首後に型取りしたとされる、撮彫者不詳のマリー・アントワネットの蝋製胸像の写真(1907)。処刑日に型取りされたといわれるデスマスクは、1925年までロンドンの蝋人形館、マダム・タッソー館で展示されていたピエール=ポール・アモン《皇后ウジェニー》(1850年代)。当時人気だったドイツ人画家、フランツ・ヴィンター・ルターが皇帝と皇后を描いた肖像画(焼失)を画家たちに複製させたうちのひとつ。ウジェニーはアントワネットと同様に宝石を愛し、そのスタイルを復元して流行させた左からメゾン・ウォルト《仮装ドレス》(1897)、《ドレスとペチコート》(19世紀)、《前掛け付イヴニングドレス》(1840年代、前掛けは1780-1800年の絹地を再利用)、「ウジェニー皇后陛下の衣裳」(『フェミナ」1911年2月15日号)、《ドレス》(1868)、右2点はウジェニー着用のボディスジャンヌ・ランバン《イヴニング・ドレス》(1922-23頃)。シュミーズのレースを大胆に解釈して立体的な造形をつくり出している左がロバート・ポリドリ《マリー・アントワネットの浴室、ヴェルサイユ》(2006)、右が《ケイト・モス、リッツ・パリにて(サラ・バートンのデザインのアレキサンダー・マックイーンのドレス、ヴァンクリーフ&アーペルのネックレス、ジュリアン・ディスのヘッドドレス)》(2012、『ヴォーグ』アメリカ版2012年4月号掲載)左から《アニメ柄トワル・ド・ジュイのミニ・パニエドレスと共布のブーツ》《ローブ・ア・ラ・フランセーズ風ガウンとジーンズ》《ケーキドレス》《ケーキドレス》(すべてジェレミー・スコットによるモスキーノ 2020-21秋冬コレクションより)《フローラル・ドレス》(アレッサンドロ・ミケーレによるヴァレンティノ2025春オートクチュール)、《イヴニングドレス「アウレリオ(輝き)」》(アーデム・モラリオグルによるアーデム2022春夏コレクション)、《ルック9》(アーデム2025春夏コレクション)右手前3点がミレーナ・カノネロによる映画『マリー・アントワネット』(ソフィア・コッポラ監督、2006)の衣装、奥2点左からマーマレード《マリー・アントワネット・ドラァグ・アンサンブル》(2024)、映画『泥棒成金』(アルフレッド・ヒッチコック監督、1955)のグレース・ケリー着用のドレス10 / 18 記事にもどる 編集部