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やんツー個展「浮遊する器官」(BUG)開幕レポート。ドローンとカタパルトの対話劇が鑑賞者に示すものとは?

東京駅八重洲口直結のアートセンターBUGで、やんツーの新作個展「浮遊する器官」が開幕した。会期は4月5日まで。

文=三澤麦(編集部) 写真提供=BUG(撮影=竹久直樹)

「浮遊する器官」の展示風景

 AIやセグウェイといったテクノロジーを用いた作品を発表し、進歩主義や資本主義の在り方に対して批判的なまなざしを向けてきたアーティスト・やんツー(1984~)。その新作個展「浮遊する器官」が、東京駅八重洲口直結のアートセンターBUGで開幕した。

 やんツーは神奈川県出身。2009年多摩美術大学大学院デザイン専攻情報デザイン研究領域修了。絵を描く、鑑賞する、作品を設置撤去するなど、美術の制度にまつわる人間特有と思われている行為を、機械に代替させるインスタレーション作品で知られる。また、近年はテクノロジーの利便性や合理性の背後に隠蔽される、政治性や特権性、暴力といった問題について考察するため、レーシングカー玩具を鈍速化させたり、自作の大型発電機によって展示空間を発電所に変容させるなど、技術と社会の関わりをテーマに制作している。

 本展における「浮遊する器官」とは、現代のテクノロジーを指している。例えば、ドローンは高い場所から下界を見渡す「目」であり、AIは人間の代わりに思考し答えを導きだす「脳」とも言える。かつて身体に根ざしてきた器官は、いまや物理的な制約を超えて「浮遊」し、人々の生活に利便性をもたらしている。そのいっぽうで、戦争などの有事においては人間の身体から離れた兵器として転用される現実もあり、二面性を孕んでいるのも事実だ。

 こうした現実を踏まえてやんツーが展開するのは、金網に囲まれた空間で繰り広げられる、ドローンとカタパルト(投石器)による約20分間の新作対話劇だ。鑑賞者はまず、この境界線の外側から双方のやり取りを傍観することになる。

「浮遊する器官」の展示風景。右側の壁面にはやんツーによる手書きの展覧会タイトルが書かれる

 登場するのは、中国のDJI社製の民生用ドローン「Mavic 3」と、古代から兵器として使われてきた「カタパルト(投石器)」だ。ドローンの語り口は理想主義的で、自身が軍民両用である現状に葛藤を抱えるいっぽう、カタパルトは自身の役割を淡々と受け入れる現実主義者として振る舞う。

 双方の会話は、BUGの空間や併設カフェのメニューといった他愛のない話題から始まるが、次第に戦地におけるテクノロジーの利用実態へと深まっていく。2020年のリビア内戦でAI搭載ドローンが人間の操作なしに攻撃を行った実例などが引き合いに出され、「道具は人間の鏡である」と弁明するドローンと、責任の所在を突きつけるカタパルトのあいだで、議論は緊迫感を増す。

シナリオ、照明、音楽といった対話劇を構成する要素は、AIへのプロンプト入力を通じて生成し、やんツーによって調整されたもの。シナリオの大筋は維持しつつも、上演のたびに一期一会の対話が繰り広げられる

 また鑑賞者から見て正面の壁には、ドローンの視点から捉えられた自らの姿が映し出されていることにも気づく。それは、この対話劇が「浮遊する器官」の本来の持ち主である人間に、鏡のように突きつけられていることを示唆しているかのようでもあった。

 対話劇が終わると、鑑賞者は金網のなかに足を踏み入れることができる。壁面には、この対話劇のための膨大なプロンプトが手書きされているほか、ロシアによるウクライナ侵攻において、ドローンによる攻撃に対していかに建築的な視点から防衛策が講じられているかといったリサーチ映像、そして本展の制作記録も紹介されている。これらは、先ほど見た対話劇が現実の社会問題とリンクしていることを示す資料でもあるだろう。

「浮遊する器官」の展示風景

 本来は人間の身体的な器官であったものがテクノロジーによって外部化され、「浮遊する器官」となった。しかし、その器官は次第に人間の判断を超えて暴走し、その責任の所在も曖昧で複雑なものへと成り果てている。鑑賞者、いわば人間は、金網という境界の外でその対話を眺めていたが、本来はその渦中にいる当事者であるということを見せつけられた気がした。この対話劇がどのような結末を迎えるのか、ぜひ会場で目の当たりにしてほしい。

展示空間内の崩れた壁面

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