並行して、北は青森から南は北茨城まで、作品を恒久設置する美術館にふさわしい場所を探した。なかなかイメージ通りの沿岸の候補地が見つからない。そして出会ったのが、福島県富岡町の常磐線の富岡駅から北へ1.5キロメートルほどの場所に位置する土地だ。宮島は、海岸沿いから一段上がった、かつて下水処理施設が建っていた広いエリアと、そこから一段高い場所の高台の区画などあわせて3万6744平方メートル、サッカー場およそ5面分に及ぶ広さの土地を取得した。
「条件としては、海が見える場所で、人工物が目に入らない土地であること。そして、海と作品がともに佇み、来館者が同時にその両方と向き合えるような場を生み出せること。沿岸地域を5年ほど前から探し回り、2年前にようやくこの土地と出会うことができました。海の音が聞こえて、周りが森に囲まれたこの場所はまさに理想的でした」。

美術館の設計を手がけるのは、パリを拠点にATTA(Atelier Tsuyoshi Tane Architects)を率いる建築家の田根剛。宮島は、田根がリノベーション設計を手がけた弘前れんが倉庫美術館などを見て、土地やそこに暮らす人々の記憶へのアプローチに感銘を受け、設計を依頼したという。田根は、「宮島さんが東北の震災を機に、ご自身の強い思いで『時の海 - 東北』というプロジェクトを進められてきて、作品が常設される美術館には『つながり』というものが大切なキーワードになると考えています」と話す。
「この砂利敷の広場と、上の高台はなだらかな坂で山のようにつながった場所でした。その山が削られ、この場所に下水道処理施設がつくられた経緯がありますが、まずこの地形を戻していき、高台の方の駐車場から坂道を降りてきた場所に、宮島さんの作品が設置される場所をつくります。宮島さんの作品が中央に置かれ、そこに大きな円形の蓋をするようなかたちの施設ができることをイメージしています。
そして、富岡町のいろいろな施設とのつながりをどうつくっていくかというヴィジョンはとても重要ですし、また、この美術館予定地に隣接する浜街道という道路は、北は仙台まで続く沿岸道路です。サイクリングロードにもなっているこの道を介して地域をつなぎ、文化を未来へとどう受け継いでいくか。東北の震災の過去に戻るのではなく、その記憶を受け継ぎながら未来をつくっていくプロジェクトだと考えています」。





















