2021年3月に始動した新ブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(エイポック エイブル イッセイ ミヤケ)」。9月23日に「TYPE-II Tatsuo Miyajima Project」を発表し、京都に新たな路面店をオープンするなど大きな動きを見せる。デザインチームを率いる宮前義之と、プロジェクトをともに手がけ、ISSEY MIYAKE KYOTO|KURAで作品の展示も行う宮島達男の対談を取材した。
1998年に発表されたイッセイ ミヤケ独自のものづくり、A-POC。その理念を引き継ぎ、進化させることを目的に、2011年から19年までISSEY MIYAKEでデザイナーを務めた宮前義之率いるエンジニアリングチームが、研究と開発、制作に着手するブランドがA-POC ABLE ISSEY MIYAKEだ。
A-POCの価値を受け継ぎ、未来に向けて発展させていかなければいけない。自分たちのチームに閉じこもってものづくりをしているだけでは、広がりに限界がある。そんな思いから、宮前は宮島達男をパートナーに迎えてプロジェクトを進める計画を立てた。宮島の作品を象徴するデジタル数字をデザインに取り入れることが目的ではない。宮島がアーティストとして掲げてきたコンセプトを解釈し、そこから得たアイデアやイメージを服のかたちに落とし込む方法を模索するプロセスが重要なのだ。
A-POC ABLE ISSEY MIYAKEチームはプロジェクトでどのように刺激を受けたのだろうか。また宮島は、服づくりに触れることで新たな気づきを得たのだろうか。宮島のアトリエを訪れ、ふたりに話を聞いた。
新たな発見を大事に考える
イッセイ ミヤケのものづくり
──まず宮前さんに伺います。3月にA-POC ABLE ISSEY MIYAKEを立ち上げ、半年ほどが経ちました。コロナ禍での準備に始まり、始動から半年が経っての心境をお聞かせください。
宮前 コロナ禍で一度立ち止まり、A-POCが持っている可能性について三宅やチームと対話を重ね、ものづくりについてじっくり考える時間ができました。そうするなかで改めて、服づくりはひとりではできない、取引先や工場などいろんな方と一緒につくっていくものだと認識しました。そうしてつくりあげた服を今年の3月に発表できたときには、無事に世の中に出せてホッとしましたし、服はつくって終わりではなく、人がまとうことで服になるものだと思っているので、お客さまとコミュニケーションを取ることができて「これから始まるぞ」という思いが強まりました。
──チームでのコミュニケーション、お客さまとのコミュニケーションなど、多方向のコミュニケーションがブランドとして重要なんですね。
宮前 多くの人とつながって、コミュニケーションを広げていくことが大切です。「A-POC」というものづくりが誕生したときから変わらずに受け継ぐ部分と、自分たちで変わっていく部分とをどう融合させていくのかに向き合うなかで、こういうことを言うとおこがましいですが、自分たちが目指す先に、3つの大きなコンセプト(「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」)を掲げられている宮島さんがいらっしゃるように感じました。そこで今回、近づかせていただくことで新しい発見があるのではないかと思い、お声がけさせていただきました。
宮島 A-POCを初めて見たのは、東京都現代美術館での展覧会でしたね(「ISSEY MIYAKE MAKING THINGS」展、2000年)。非常にインパクトのある展示で、吹き抜けにまっすぐ生地のロールが下りてきていて、下のところでその布が服になっていた。衝撃的でしたね。
三宅さんは尊敬するデザイナーですし、今回宮前さんにお声がけいただいて、どんなプロジェクトを考えられているのかとても楽しみにしていました。一度事務所に来てくださいと連絡をいただいて、打ち合わせだと思って行ったら、そのときにすでに数字が入った生地ができあがっていたんです。服もかたちになっていて、すごくかっこよかった。変にアレンジを加えず、まっすぐに自分のデジタル数字を服に取り込んでいるのが純粋だと感じましたし、その時点でダメというところがなかったですね。
宮前 すみません、勝手につくっていました(笑)。
宮島 ね、勝手につくって事後承諾ですよ(笑)。でもすごく嬉しかったです。十分に練り込まれていて、色々と試したことが伝わってくるできでしたから。パッと見たときにあまり見たことのない黒だと思ったんですが、話を聞いたら自分のコンセプトなどを調べてくれていることがわかって、黒という色に対するコンセプトも非常に明快に出ていて面白いと思いましたね。
宮前 宮島さんの作品を使わせていただいて服をつくるにあたって、材料から向き合わなければいけないとチームで話し合ってきました。相手の思想や概念を自分たちなりに消化し、どうやって服づくりに落とし込むのかが、異分野や異業種の方と協業する面白さだと考えているので、デジタルカウンターで宮島さんがゼロを闇にすることで他の数字が浮き立ってくるのだと気づいたときに、たまたまこの2年ぐらい研究していた素材が適していると感じました。
──どのような素材なのでしょうか。
宮前 世界で年間に1億トンぐらいの米の籾殻が廃棄されていて、ソニーさんがそれを違うかたちに再生しようという地球環境に配慮したプロジェクトを続けられてきて、トリポーラスという新素材を開発されたんですね。リチウム電池の電極のために開発が始まったようなのですが、さらに新たな用途開発ができないかとお声がけいただいて、それを衣服に昇華できないかと研究を続けてきました。
──この5月に発表された「TYPE-I」が、ソニーグループとの取り組みから生まれたトリポーラスを使用したプロジェクトですね。
宮前 そうです。この素材には、消臭効果があったり、地球環境に負荷をかけないというメリットがありますが、同時に色としては黒しか出せないという制限があります。しかし、今回の宮島さんとのプロジェクトでゼロにあたる闇を考えたときに、この素材は最適だと考えました。糸にトリポーラスを練り込んで、それをヨコ糸に使ったのですが、廃棄される籾殻がアップサイクルされて服に用いられるストーリーは、宮島さんが数字のカウントに表現されている自然界における循環や輪廻といった概念を自分たちなりに表現することにつながるのではないかと(*1)。
また、通常の黒よりもしっかり黒が出ていて、どれだけ洗濯しても黒が落ちにくい素材です。普通の黒い生地はやがて表面が白っぽくなってしまうんですが、これはトリポーラスを練り込んでいるので、洗い続けても素材がダメになるまで黒は落ちません。永遠の黒というか、そういうところでもマッチングがうまくできたと思います。
宮島 最初に事務所に伺ったときには、ブルゾン以外に大きなつくりのコートなどいろいろあったんですよね。
宮前 アイテムは、最初の段階ではあらゆる可能性を準備します。コートやドレスの素材など色々試しましたが、「宮島さんの作品からファッションとして面白いものをいろいろつくりました」となってしまうのは違うと思ったので、男女問わずポピュラーなブルゾンに絞りました。
宮島 多くのデザイナーは「How」や「What」から仕事をスタートしますが、イッセイ ミヤケの仕事は「Why」から始まると以前から思っていたんですね。どういう素材を使うか、どういうかたちにするか、どんな風につくるか。HowやWhatから始めるのは、デザインをベースにした考え方です。でもイッセイ ミヤケの場合は、まずそこに意味を見出して、なぜこのかたちにするか、なぜこの素材なのか、と突き詰めていく感じがしていて、今回宮前さんはまさにその方法論を明快に発揮されていました。
宮前 僕たちはプロセスを大切にしているんですね。最初にゴールを決めてそこに向かって服づくりをすることもできますが、それでは新しい発見がないように思えるんです。プロジェクトとして異分野や異業種の方と一緒に取り組むことで、いろんなところに連れて行ってもらいたいので、そのために寄り道できる時間を捻出することが大事だと思っています。だから、使わなかった素材やアイデアも無駄にはなっていないはずです。
──では、デジタル数字をブルゾンに配置するデザインプロセスについてもお聞かせください。
宮前 いろいろな素材を調達し、裁断して組み立ていくのが通常の服づくりだとすると、僕たちの場合は一枚の布から設計していきます。どういう服のパターン、柄、色なのか、ブルゾンであれば、身ごろや袖があって、どんな素材がいいかと考えて部分的にストレッチの技術を入れて、デジタルカウンターの数字をグラフィックとしてどう落とし込むのかチームで話し合い、一枚の布にするのです。
ストレッチで数字のかたちをつくる方法もたくさんテストしました。硬ければしっかりと数字のエッジを出しやすいのですが、服として着るためには柔らかさも必要なので、数字のかたちと素材の柔らかさを両立させられるのはこのあたりかな、という段階で最初に宮島さんに見ていただきました。その時点での数字の配置は、とりあえず並べるのが精一杯という状態でした。
宮島 まず、よくデジタルの数字をこれだけのストレッチでつくったなと思いましたね。宮前さんはエラーだったと言っていましたが、数字が切れている部分があるのもデザインとしてよかったです。きちんと数字全体が見えるものと両方があって面白いんじゃないかなと感じました。
宮前 そうなんですよ。消えている方が面白いと宮島さんがおっしゃっていて、たしかにそれがあることで、全体が見えている数字が際立ってくるなと思いました。そして最終的には、じゃあ全体としてどういうサイズや配置が美しいか、着たときのバランスがどう見えるか、様々なバージョンでシミュレーションして、最後はチームで意見を出し合って決断したのですが、そこは非常に感覚的な部分です。
宮島 私もこれまで制作を続けてきて、言語化には苦しんできました。非常に感覚的な人間なので、自分が流されないように、動かない重石として置いておくようなかたちで言葉を使っています。しかし、コンセプトに立ち返り、そこから制作が始まることはありますが、実際に制作したものが作品として成立したかどうか、完成したと言えるかどうかは感覚的で言語化できないんですよ。何度か試みたことはあるんですが、定義しようとすると、そこから漏れてしまうことが多い。自分がブレないためのコンセプトがあって、作品のテーマと制作プロセスを考えて、どんなに頑張っても完成しないときもあるんです。そういうときはすべてやり直しです。方法論を変え、それでもうまくいかなければボツにするしかないんですよ。
今日ここに展示してあるのは、油絵具でデジタル数字の7つのパーツをペイントした作品なんですが、ただ色を塗っただけに見えますよね。でも、グリーンなんかは1回塗っただけでいいと思えたり、ベージュ色などは3回塗ってもダメだったりで、全体として見たときに作品になっていないと思えてしまうんです。色によっては、キャンバスを剥がして塗り直すこともありました。LEDの作品もやはり同じです。「これはできた」とわかる瞬間がある。つまりアート作品というのは言語化しきれず、そのまま受け止めるしかないものなんですよ。
──9月23日には、A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / KYOTOがオープンし、TYPE-IIが発売されると同時に、近くのISSEY MIYAKE KYOTOではKURA展「TATSUO MIYAJIMA」が開催されます。
宮前 三宅とも1年ぐらい話をしてきたなかで、きちんと自分たちの仕事を伝統にしたいという意識が生まれてきました。自分たちの会社内でも服づくりのソリューションを伝統にし、継続して発信する場としてどこが相応しいかを考えたときに、京都という場所が挙がりました。伝統と革新が共存していて、古いものを残しながらもつねにイノベーションが行われている場所です。そのような京都から発信することはブランドとして大きなメッセージになりますし、共感していただける方を増やせるはずだと感じて準備してきました。同じタイミングでTYPE-IIも発売されますし、宮島さんの作品やコンセプトの力をお借りして、今回のプロジェクトを発信できればと思っています。
──KURA展「Tatsuo Miyajima」のプランをお聞かせください。
宮島 数字を使って、時間や人間の命をこれまで扱ってきましたが、今回のテーマを「時をまとう」とし、宮前さんたちがつくる布に時を表わす数字をまとわせようという構想が生まれました。「それはあらゆるものと関係を結ぶ」というのが私のコンセプトにありますが、Akio Nagasawa Gallery Ginzaで開催中の「Keep Changing」展で鉄や石を用いたように、デジタル数字を立体化するための7つのパーツは、色々なものと関係を結ぶことができるからです。それで宮前さんに「大体こんな感じがいいかな」とリクエストを出したり、宮前さんからの返答を受けて「それはやりすぎじゃないの」とか言いながらリモートでやりとりし、数字にまとわせる生地をつくるプロセスは楽しかったですね。
宮前 普段は人の体が動くことも想定して身にまとうものをつくりますから、硬いパーツに着せるのにどうしたらいいのかは悩みましたね。数字をプリントしてしまうのは簡単ですが、それではこのプロジェクトのコンセプトから外れてしまいますから。KURA展では、大きな数字がひとつと、中ぐらいのサイズの数字が左右にひとつずつの3つの数字が並び、来場するお客さまが振ったサイコロの目に合わせて数字が毎日変わっていくので、数字として壁にかかったときのバランスもシミュレーションしながら仕上げました。
──TYPE-IIが並ぶA-POC ABLE ISSEY MIYAKE / KYOTOと、KURA展「Tatsuo Miyajima」の空間がシンクロする様子に期待が高まります。
宮前 今回発売するアイテムだけを見ると「ブルゾンに宮島さんの数字が入っているだけ」ととらえられてしまうかもしれないけど、宮島さんとご一緒させていただいて、この結果に行き着くまでに自分たちにどれだけ気づきや発見、学びがあるのかが大切で、それがイッセイ ミヤケのものづくりだと思っています。どれだけ宮島さんを驚かせられるかと考えながら準備をし、テストを重ねて、服づくりを行うプロセスは本当に貴重だったと感じています。
*1──宮前が着用するブルゾンには、ヨコ糸にトリポーラスを使用。いっぽうの宮島が着用するブルゾンは、高温の蒸気を当てることで布を縮め、独自のストレッチ素材をつくる「Steam Stretch」の製法でデジタル数字を表現した。