「神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond」開幕レポート。アートとの偶然の出会いを通じて「環境」について思考する【9/9ページ】

 そして同じくこのエリアにある「旧六甲スカイヴィラ」も会場のひとつ。髙橋銑の《Tin Chair (proof cast)》という伸縮性のあるなまし錫でつくった座面を有する椅子は、その素材の特徴から、座った人の臀部の形が残るようになっている。また彫刻作品の修復士としての技術も持っている髙橋は、この会場の外にある自然にさらされ傷んでしまった彫刻作品の修復も行った。「修復は作品を延命させる行為」だという髙橋の作品から、作品を残すということについて考えさせられる。

展示風景より、髙橋銑《Tin Chair (proof cast)》(2025)
会場外に設置されている髙橋銑が修復した彫刻作品

 暗めの部屋でインスタレーション作品を展開するのは岡田裕子だ。《井戸端で、その女たちは》と題される作品は、岡田がリサーチを重ねるなかで十分な評価がされていないと感じた女性作家9名を、岡田が声だけで演じるもの。すでに亡くなった彼女たちが互いに会話をするとしたら、という想像から書き起こされた台本をもとに、架空の場所としての井戸端会議を立ち上がらせる。井戸端会議とは、かつて女性が水仕事をしながら世間話をする様子を、他愛のないおしゃべりに例えた言葉。揶揄の意味を含むこの言葉に対し、岡田は「その女たちの話は、本当にとるに足らない話なのだろうか?」とメモを残す。自身も女性作家だからこそ感じた9名の作家への共感に関する岡田の手書きの言葉に、見逃してはいけない大きな問いがあるように感じられる。

展示風景より、岡田裕子《井戸端で、その女たちは》(2025)

 本施設にはほかにも、田中望の「自然の生態系へ人間はどう関与すべきか」という問いを作品にした《あなたとは分かり合えないかもしれません》や、倉知朋之介によるユーモアに溢れた映像作品《SOFTBOYS》、芸人としても活躍する川原克己の《展》などが展示されている。

展示風景より、倉知朋之介《SOFTBOYS》(2025)、もともとお風呂場だったところを会場にしている

 六甲山という豊かな自然に囲まれた舞台で、「環境への視座と思考」という直球のテーマを掲げ開催されている本芸術祭。様々なアーティストの作品によって、誰にとっても他人事ではないことについて思考をうながされる瞬間に、偶然出会ってしまうことは貴重だと言えるだろう。避暑地としても人気のある六甲山の気候や自然を堪能しながら、アートとの偶然の出会いを楽しんでほしい。

編集部