多賀城創建1300年をきっかけとして、「ことば」のチカラに着目した様々な取組を進めている宮城県多賀城市。その一環として、アートプロジェクト「ことばのアートプロジェクト」が昨年12月に開催された。
そもそも多賀城とは、現在の宮城県多賀城市にあった日本の古代城柵。国の特別史跡に指定されている。創建は神亀元年(724年)。奈良時代から平安時代にかけては陸奥国府が置かれ、11世紀中頃には国府としての主要な役割を終えたと考えられている。「賀(よろこ)び多き城」と読むことができるように、東北の安寧を願ってつくられた城と言われるものだ。
誕生から1300年記念を迎えた多賀城は、その創建が奈良時代の石碑であり、日本三古碑のひとつとされる国宝「多賀城碑」(2024年に新指定)のなかで伝えられている。
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一昨年から始まった「ことばのアートプロジェクト」は、そんな多賀城の創建を明らかにした多賀城碑に刻まれた「ことば」や、松尾芭蕉が多賀城碑に対面して涙するほど感動したことが『おくの細道』に記された「ことば」に着想を得て、「ことば」に光を照らし、「ことば」に込められた思い、「ことば」が持つ力を1000年先の未来へと紡いでいく取り組み。
2024年はこの「ことばのアートプロジェクト」が新たなかたちとなり、アーティスト・松田将英が新作を制作した。松田は風刺やユーモアに満ちたプロジェクトによって根源的な問いを投げかけながら、既存の認識パラダイムの再構築を促すような作品を数多く手がけてきた。最近では「DXP(デジタル・トランスフォーメンション・プラネット)―次のインターフェースへ」(金沢21世紀美術館、2023年)での展示が記憶に新しい。
これまでもスマートフォンやSNSなど、変容し続けるデバイスやメディアがもたらす文化や言語を作品に取り入れてきた作家の新作となる《Bashō Sampling》。これは、Google Mapに投稿された多賀城市内の施設への口コミを素材にしたもので、そこから詩や歌のようなリズムを持つ言葉を抽出し、再構成。街の風景に重ねて展示するパブリック・アートだ。
このタイトルの背景について、松田はこう語っている。「和歌から派生した連歌は、のちに俳諧之連歌として発展します。この『俳諧』とは滑稽を意味し、和歌のような格調高い表現を、あえて日常的な言葉で表現することで生まれた新しい文化でした。ハイカルチャーとサブカルチャー、現代における伝統文化とネットコンテンツのような関係かもしれません。その『俳諧』を芸術として昇華させたのが、芭蕉でした。芭蕉は江戸時代中期、百句(百韻)が基本だった俳諧の形式を、本業のかたわら連句を楽しむ人たちに向けて三十六句(歌仙)として推奨し、以降それは代表的な形式となります。現在『芭蕉の俳句』として知られる作品は、この最初の句(発句)であり、当時は独立した短詩型ではありませんでした。庶民の文化にアップデートを行なってきた当時の芭蕉の功績に加え、調査や制作に付き添ってくれた市の担当者とヒップホップの話で盛り上がった経緯から、タイトルは《Bashō Sampling》に決定しました」(リリースより)。
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松田はこれまで絵文字やハッシュタグを「新しい言語」として扱ってきた。またクリエイティブ・コモンズライセンスを活用した《The Big Flat Now》(2022)や、歌舞伎町の路上に設置し、SNSでの拡散を前提に設計されたNFT自販機《Lunatic Pandora》(2022)、鑑賞者による画像の切り取りと、その誤読的な拡散をも作品の一部として組み込んだ《Ripples》(2021)など、メディア変容の時代における作品の在り方そのものを問う実践を重ねてきた。口コミに注目した本作はさらに新たな試みだ。
松田は制作にあたり、24年9月から多賀城市に通い、市の担当者とともに史跡や文化財、資料館への訪問、地域イベントへの参加、地元の人々への聞き込みを重ねてきた。調査を通じて、この地が歴史的な歌枕の地であり、芭蕉ゆかりの地でもあることを踏まえながら、それらを現代的に再解釈できないかと考えたという。
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「まず、それぞれの候補地に投稿されたGoogle Mapの口コミをリスト化し、試作段階ではAIツールを活用してリズムを持つ表現の抽出を試みました。しかし条件を絞るほど表現が限定され、それぞれの詩情やユーモアが失われるため、徐々に自由な形式に発展させていきました。歴史的な場所でありながら現代美術との接点は少ない環境であることから、アウトプットにおいても市民に開かれたものを心がけました。とくに言葉の表記については、普段アートや詩歌に親しみのない方々にも理解しやすい表現を目指し、従来の紙面上の形式にとらわれないアプローチを採用しました。遠方からでも口コミであることが伝わり、かつ言葉のリズムを感じられるよう、しかし広告的にはならないよう、視認性と空間性を重視したデザインとしています」(リリースより)。
口コミは情報として日常のなかで通過されていくものだが、それらには投稿者の様々な想いが込められている。芭蕉が日常風景を作品にしたように、松田はこの展示において、現代の生活に直結するリアリティを持つそれらの言葉を意図的に抽出し、作品化することを試みた。
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なお本展においては、口コミ=他者の言葉を使用するがゆえ、法的な配慮が欠かせないものとなったことは言うまでもない。これについて松田は、「試作を経た候補から、複数の弁護士に著作権法上の適切性について確認を得たものに絞りこみ、同時に投稿者のリアリティを損なわないよう最小限の編集にとどめました。様々な制約のもとバランスを探りながらの選定、制作作業でしたが、最終案は施設担当者などとともに決定したことで、温かみのあるシリーズになったように思います」としている。すべての作品について個別に法的な判断がなされた今回。担当弁護士らは、「相互に共通している部分がありふれた表現で創作性がないため、侵害なし」としており、違法性がないことが確認されている。