展示室1はインストール前のホワイトキューブかと思うような、作品の少ない空間だ。観客の興味がまず惹かれるのは、展示室の壁面に印字されている、様々な組み合わせの「A」から始まるアルファベット3文字の単語群だろう。これは、最初の部屋のテーマが「A」であることを示しており、ここでは「A」から始まる新作《ATM》が展示されている。
このように各部屋にはテーマとなるアルファベットが設定されており、たとえば「B」であれば自動車メーカーの「BMW」を使った作品《啓示》(2023)が、「C」であればビリヤード台と玉を打つ「キュー(CUE)」を使った作品《裏切りの海》(2016)が、断片的に展示されるという趣向となっている。
さて、「A」の部屋で展示されている新作《ATM》は、その名の通りATM(=現金自動預け払い機)の端末を模した作品だ。本作は朝日新聞社メディア研究開発センターの浦川通が技術協力をしたもので、端末の画面で3つのアルファベットを入力すると、AIがそのアルファベットから始まる3つのセンテンスを感熱紙に印字して排出する。
これは「ATM=Automatic Teller Machine」の「Teller」が、「出納係」という意味のみならず、「語り手」という意味も有していることにもとづいた作品だ。田村は本作の着想源について次のように語る。「このAIは田村友一郎というアーティストが書いたテキストを学習させてセンテンスをつくり出しているわけではなく、田村がかつて使った単語をただ断片としてつなぎ直すことでセンテンスを生み出している。田村らしいナラティヴを学ばせることもできたが、本作ではただ機械としてランダムにセンテンスを構成する方法を選んだ」。
田村いわくこのAIは、ただ機械的にセンテンスを排出しているにも関わらず、そのテキストのチョイスは非常に「キザな」ものであり、性格のようなものも感じさせるという。機械的で意味なくつなげられたセンテンスに人間が文脈を見出すというこの構造は、断片が寄せ集まった本展を訪れて、それらをつなぎ合わせようとする観客の意識とも重なる。
ほかにも「S」の展示室では、作家が仕事で海外を訪れるたびに差し替え続けた「SIM」カードと、タイタニック号の沈没地点を示した作品《γ座》(2017)がともに展示されているが、これはタイタニック号が沈没まで「SOS」信号を打ち続けたことにちなむ。