
日本発のドレスウォッチブランド「クレドール」のゴールドフェザー新作モデルは、伊万里鍋島焼の下絵付けと上絵付けを幾層にも重ねて仕上げたダイヤルにより、奥行きある世界を表現した。伝統技法と現代的感性が融合したこの腕時計の魅力を、陶芸家と建築家という異なる領域を横断しながら、革新的な作品を生み出し続ける奈良祐希が読み解く。
日本人の感性と価値観で「美」への飽くなき探求を続け、手のひらに乗る精緻で気品を纏った腕時計を創造するブランド・クレドール。「The Creativity of Artisans – 匠たちの探求と豊かなる創造 –」というメッセージを掲げ、あらゆるディテールに日本の美意識と匠の技を息づかせてきた。そのラインナップのなかでも「羽根のように薄く、軽やかで、空気をはらみ、艶やかで、優美」をコンセプトとしたゴールドフェザーは、匠の精神と技を結集し、細部まで作り込まれたデザインが特徴だ。新作・GCBY991では、伊万里鍋島焼の代表的な窯元・畑萬陶苑とのコラボレーションにより、磁器の白い肌を起点に、呉須によって広がるブルーグラデーションと、下絵付けと上絵付けを重ねることで生まれる、奥行きのある多層レイヤーを表現している。

今回この腕時計と向き合うのは、陶芸家と建築家という異なる領域を行き来する稀有なアーティスト、奈良祐希だ。金沢を拠点に、伝統的な陶芸技法と最先端の建築テクノロジーを融合させた作品を制作し、近年は金沢21世紀美術館に作品が永久収蔵されるなど、その独創的なアプローチが世界的に評価されている。土の板を組み合わせた彫刻的な作品は、精密な設計と手仕事の温度が同居し、「揺らぎ」という概念を軸に、時間や変化といった不可視の要素を可視化する試みとして注目を集める。家業である大樋焼の伝統を受け継ぎながらも、独自の表現を追求するその姿勢は、クレドールが掲げる「匠たちの探求と豊かなる創造」とも深く共鳴する。わずか500円玉サイズのダイヤルに幾層にも重ねられた時間と技術について、奈良は何を感じたのだろうか。
工芸と科学を融合させる、揺らぎのデザイン
──陶芸と建築という異なる領域を行き来しながら制作活動をされていますが、いまもっとも関心を寄せているテーマについて教えてください。
陶芸と建築の融合をメインテーマに、工芸に科学を、科学に工芸を持ち込むという実験的なアプローチを続けています。建築では計算や精度が求められますが、陶芸では偶然や不確定性が生まれる。その「作為と無作為」のあいだで、どのように形を見出していくかということに、つねに関心を持ち続けています。最新作では、「無作為のデザイン」にチャレンジをしています。土に与える圧力を微妙に変えることで、焼成中に土の板が、有機的なS字の曲面に変形していきます。従来の直線的な表現から曲線表現への発展を試みているのです。作品をつくっていると、土が焼成される過程で意図を超えて変化していく。その揺らぎを可視化するような表現に、ここ数年、実験を重ねながら取り組んでいます。


──奈良さんの作品には、構造と感性、理性と直感といった相反する要素が共存しています。そのバランスをどのように捉えていますか。
建築は精密でないと困りますよね。BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)ですべてを設計でき、いまやテクノロジーの産物だと思います。それは緻密な精度と言い換えられる。いっぽうで陶芸や工芸は、「手仕事」によるものづくりです。このハイブリッドを自分自身で実践しています。そのために、実験を重ねて膨大なデータをアーカイブしています。土の水分量、焼成温度や焼成時間による土の変形率や可塑度を統計として分析します。僕にとって陶芸と建築は対立するものではなく、この2つのバランスをどう取るかが、表現の核心にあります。

層を重ねる美、時間を焼き込む技
──土や磁器を「焼く」ことでしか生まれない形や表情があります。奈良さんは、この「焼く」という行為をどのように捉えていますか。
様々な工芸分野に「焼く」というプロセスはありますが、焼かないと完成しないのは陶芸だけなんです。焼成によって、素材は人間の手を離れ、自然の領域に入っていく。その領域をデザインするということに、僕は興味を持っています。僕の作品には「焼成曲線」が大きく関わっています。 例えば150度まで2時間40分かけて上げ、そこから2時間キープする。さらに3時間かけて500度までゆっくり上げる。まだ実験を重ねていますが、この焼成曲線を見つけるのに5年かかりました。陶芸家というのは、自分の作品に合う焼き方のパラメータを見つける仕事でもあるんです。

──焼成を繰り返すことで形が定まっていくプロセスは、時間の積層や記憶のようにも感じられます。
そうですね。焼くという行為は、温度上昇のイメージが強いのですが、僕の定義では、冷却過程も含めて、「焼成」と定義をしています。上げたものは当然冷めていきますよね。その冷却の過程でも、粘土中に含まれる石英の結晶構造は573度で高温型のβ-石英から低温型のα-石英に転移をします。水を浸せば柔らかくなる粘土が、573度、その温度を昇温中と冷却中の2度通過することで、「陶」というマテリアルに不可逆的に変化をします。焼成とは、この冷却の時間も含めてデザインしている行為なんです。
──クレドールの「GCBY991」も、伊万里鍋島焼の下絵付けと上絵付けを幾層にも重ねて奥行きを表現しています。この「レイヤー構造の美」に、陶芸家としてどのような共感を覚えますか。
まず下絵付けを行い、本焼きをして、上絵付けをして、また焼く。その層を重ねていくプロセスが、僕の作品ととても通じていると感じました。伊万里鍋島焼は層を重ねることで、グラデーションが非常に美しく出ている。僕の作品も結局は、軌跡のデザインなんです。1枚の曲線があって、その隣に別の曲線があり、さらにその隣にも別の曲線がある。それらが全体としてつながり、ひとつの美しいフォルムになる。つまり、隣り合う存在がなければ、そのカーブは成立しない。それって音楽みたいなんですよね。ひとつの音符だけでは意味がなく、連なって初めて曲になる。レイヤーのデザインは、隣り合うものが響き合うことで、時間のデザインにもなっている。このレイヤーの美学は、時間の美学とも言い換えられると思います。人は、時間を内包したものに惹かれるんです。

伝統を継ぎ、未来を創る精神
──奈良さんの活動は、伝統をただ再現するのではなく、現代に再構築するアプローチが特徴的です。「継承」と「革新」をどのように両立し、伝統工芸を未来へつなごうとされていますか。
僕は「継承」と「承継」という言葉を分けて考えています。形あるものを受け継ぐのが「継承」で、精神性を受け継ぐのが「承継」。先代の制作態度や精神性を承継しながら、独自の表現を追求していくことが大切だと思っています。よく「守破離」という言葉が使われますが、僕はその逆をやっている感覚があるんです。まず離れて、それから破って、最後に守る。建築をやっていたからこそ、家業である大樋焼を客観的に、第三者的な視点で見ることができた。離れることで、初めて見えてくるものがあるんです。伝統へのリスペクトがあるからこそ、新しいことができる。ただ、先代と同じことをしたくないというのも、僕の正直な気持ちです。これまでにないことをしたい。その思いと、伝統を大切にする姿勢の両方がなければ、未来にはつながらないと思います。

──クレドールが伊万里鍋島焼と組むように、異なる分野の職人が共創することの意味を、どのように見ていますか。
腕時計というのは、工芸の究極形だと思うんです。以前、ある時計メーカーと仕事をしたときに初めて知ったのですが、もっと機械的な流れ作業でつくられているものだと思っていました。でも実際はまったく違って、そこには職人の手が介在し、細部まで目を配りながらつくられている。異なる分野の職人が共創するということは、それぞれが積み重ねてきた時間や技術、感性が重なり合うということです。このクレドールの腕時計からも、様々な人の時間や感情が感じ取れる。それこそが、価値なのではないでしょうか。
──奈良さんの作品には、建築的な構造美と手仕事の温度が同居しています。クレドールの腕時計もまた、ミクロン単位の精度と職人の感性が重なり合って生まれています。ご自身にとって「精密さ」と「人の手の痕跡」はどのように共存し、こうした“精密さの中の詩情”をどう感じますか。
精密さは建築からもたらされる要素で、人の手の痕跡は陶芸や工芸からもたらされる要素です。このハイブリッドこそが、自分の表現の核心にあります。そういう意味でも、クレドールの腕時計には強い親和性を感じました。伊万里鍋島焼のダイヤルをよく見ると、500円玉ほどのサイズの中に、非常に細かな仕事が詰め込まれている。100分の1ミリ単位で精密に管理されながら、最終的には人の手によって焼かれ、予測不能な変化も受け入れている。計算できるものと、計算できないものが、ひとつの中に同居している。それが工芸の美しさであり、詩情なのだと思います。

──最後に、奈良さんにとって「時を重ねても変わらない美しさ」とはなんでしょうか。
時間そのものですね。見えない時間を想像することは、人間にしかできない行為です。工芸もまた、その見えない時間を想像するからこそ、価値を持つのだと思います。江戸時代の茶碗を前にして、何百年前につくられたものだと聞くと、人は自然とその時代に思いを馳せる。見えない時間を感じ取ろうとするんです。それは腕時計とも重なります。時計は時間を可視化する道具で、針が刻一刻と動き、見える時間が存在する。しかしその裏側には、鍋島焼のダイヤルに幾層にも重ねられた時間や、職人たちが積み重ねてきた技術という、見えない時間がある。その2つの時間──見える時間と見えない時間──がひとつの中に共存している状態は、「時間を生きる人間」にとって、とても豊かなナラティブだと思います。それこそが、時を重ねても変わらない美しさなのではないでしょうか。
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陶芸と建築、伝統と革新、精密さと偶然性。一見相反する要素を統合し、新たな表現を生み出す奈良祐希の創作姿勢は、クレドールが掲げる「The Creativity of Artisans – 匠たちの探求と豊かなる創造 –」というメッセージと深く共鳴する。幾層にも重ねられた時間と技術、そして見えない美への探求。小さなケースの中に凝縮された匠たちの創造性は、これからも時を超えて、私たちに新たな価値観を提示し続けるだろう。












