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「田村友一郎 ATM」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)開幕レポート。いま、あなたが見ているものはいったい何なのか【5/5ページ】

 バックヤードを抜けたところにある展示室をまるごと使ってつくられているのが、新作《T》(2024)だ。田村が銀行から借りてきたという備品によってつくられた、銀行の窓口そのもののような本作を、観賞者は呼び出しを待つようにソファに座って眺めることになる。

展示風景より、《T》(2024)

 窓口の電光掲示に表示されるのは受付番号ではなく、田村があらかじめ用意したアルファベット3文字からなる単語だ。ここでは「FAX(=ファクシミリ」「MDF(=中密度繊維板)」「IPA(=情報処理推進機構)」といったように、一度は聞いたことがあるであろうアルファベット3文字による単語が、音声の読み上げとともに掲示されつづける。もちろん、それぞれの意味するところはひとつではなく、観賞者一人ひとりの知識や経験によって変化するだろう。

展示風景より、《T》(2024)

 不安定な言語を一方的に吐き出し続ける窓口であるが、観賞者は自らがこの窓口の向こうから出てきたことにも気がつくはずだ。窓口の向こうにあるのは、無限の文脈と意味で満たされた展示室だ。観賞者は、あの展示室に溢れていた情報が引き出されるのを待っているのか、貸し付けられるのを待っているのか、あるいはこれから預け入れるのか。展覧会における情報や経験の価値が揺さぶられることも、本展のひとつのおもしろさといえる。

展示風景より、《T》(2024)

 ここまで来たら、ぜひ、窓口を通り抜けて再び展示室に戻ってもらいたい。先ほどと変わらないはずの展示室が、窓口を通過した人間の目にはどのように変化して見えるのか確かめなければならない。

展示風景より

 冒頭で展示されていた、本展のタイトルと同じ名前を持つ作品《ATM》は、先にも紹介したとおり、文脈を無視したAIの「Teller(語り手)」だった。しかし、そんな語り手が排出した言葉を読むとき、我々人間は自分の経験や知識とのつながりを見出さずにはいられない。それは豊かな物語にもなり得るが、同時に陰謀論のような歪んだ認知につながる危険もはらむ。本展は、人間が身の回りの情報をいかに受け取り、蓄積しコミュニケーションしているのかを、展覧会という体験をもって可視化している、稀有な展覧会といえるだろう。

展示風景より

編集部

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