「ムーミン」の生みの親であるトーベ・ヤンソン(1914~2001)、そして先日回顧展が東京ステーションギャラリーで閉幕したルート・ブリュック(1916~99)は、どちらもフィンランドを代表する女性芸術家。彼女たちの先駆者として、近現代のフィンランド美術を彩った「モダン・ウーマン」たちを紹介する展覧会が、国立西洋美術館でスタートした。
19世紀後半~20世紀初頭のフィンランドでは、ロシアからの独立運動、そして1917年に誕生した新しい国家の形成にともない、社会における女性の立場や役割に大変革が起こった。本展はこうした時代を生き、生涯にわたって自立したキャリアと革新的な表現を追い求めた女性芸術家を紹介するもの。
出展作品のほとんどは、フィンランドを代表する美術館のひとつであるフィンランド国立アテネウム美術館の所蔵品。同館館長のマルヤ・サカリは本展に寄せて、「彼女たちは皆特有のキャリアを持ち、フィンランド内外で活躍しました。そのクリエイティブで勇敢な態度は後の世代に理解され、評価されています。本展が来場者に新しいアイデアをもたらしたり、フィンランド美術についての理解を深めたりするきっかけになれば」と語る。
まず注目したいのは、日本でも2015~16年に回顧展が開催されたヘレン・シャルフベック(1862~1946)による作品群だ。シャルフベックは1879年、17歳にしてフィンランド芸術協会の展覧会で賞を獲得し、そのキャリアをスタートさせる。1910年代にはヘルシンキの美術界から離れて独自のモダニズム様式を展開し、母親や地元の子供たちなど身近な人物をモデルに印象的で力強い絵画を制作。本展では作品の転換点となった《木こりⅠ》(1910-11)など、シンプルで単純化された作風の追求を見ることができる。
また本展には、そんなシャルフベックの重要な芸術家仲間であったマリア・ヴィーク(1853~1928)の作品も並ぶ。1890年代までは肖像画家としても人気を博したヴィーク。会場では、大胆な構図と筆致で少女の姿をとらえた《協会にて》(1884)や、フランスの外光派の影響のもと、淡い色使いで姉と思われる人物を描いた《ボートを漕ぐ女性、スケッチ》(1892頃)などが展示されている。
そのほかにも絵画では、20世紀初頭に革新的な色彩表現を追求したエレン・テスレフ(1869~1954)や、画家にして美術批評家としても活動し、70歳を過ぎてから画業の頂点を迎えたシーグリッド・ショーマン(1877~1979)、第二次世界大戦後の世代を代表する画家として戦時下の恐怖や疎外感を表現したエルガ・セーセマン(1922~2007)の作品が並ぶ。
いっぽう会場でひときわ存在感を放つのは、シーグリッド・アフ・フォルセルス(1860~1935)とヒルダ・フルディーン(1877~1958)による彫刻作品だ。特にフォルセルスは、フィンランド国内で彫刻分野の公教育が行われていなかった時代にその道を志したひとり。83年にはオーギュスト・ロダンのアトリエ助手となり、その代表作である《カレーの市民》(1884~88)の制作を補佐した。
加えて、版画素描展示室も見どころのひとつ。フランスのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)が女性に対して門戸を閉ざすいっぽう、フィンランドで最初の美術学校であるフィンランド芸術協会の素描学校はいち早く女性を受け入れ、男女平等の教育を行っていた。
この展示室では、同校に通っていた当時の作家たちによるデッサンや版画、リトグラフなどを紹介。なかでも注目したいのは、1888年の同名の絵画作品をもとにしたシャルフベックによる《快復期》(1938-39)だ。シャルフベックは75歳にしてリトグラフを学び、晩年はその技術を用いて自らの絵画の再解釈を行った。
当時のフィンランドの社会的、政治的、文化的な変化のなかで、「モダン・ウーマン=近代の女性」がいかなる役割を果たしたかを検討する本展。強い意志を持った女性芸術家たちによる作品群は、ジェンダー・バランスが取り沙汰される昨今の状況に向き合うための新たな視点を与えてくれるかもしれない。