「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」(日本橋髙島屋S.C.)開幕レポート。「用の美」の原点を沖縄の民藝に見る

東京・日本橋の日本橋髙島屋S.C.本館8階ホールで、「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」展が開幕した。会期は9月6日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

第3章「琉球の焼物」より。会場中央には琉球独自の風習が反映された骨壷が展示されている

 東京・日本橋の日本橋髙島屋S.C. 本館8階ホールで、「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」展が開幕した。会期は9月6日まで。なお、本展は大阪・難波の大阪髙島屋へも巡回する(9月9日~21日)。主催は日本民藝館。

 柳宗悦(1889〜1961)は、1925年に「民藝運動」(*1)を提唱したことで知られる美術評論家、思想家だ。陶芸家の河井寬次郎(1890〜1966)や濱田庄司(1894〜1978)らとともにこの概念を生み出し、約10年後の36年には、自ら蒐集した工芸品を公開する拠点として東京・駒場に「日本民藝館」を開設。初代館長に就任した。

 本展は、民藝運動の理念確立から100年、そして首里城正殿の復元公開が待たれる節目の年に、柳が見出した「沖縄の美」を再発見する試みとなっている。柳はかつての同級生であった琉球王家尚家第21代当主・尚昌侯との縁をきっかけに沖縄の工芸に魅了され、1938年から4度にわたり現地を訪れて調査と蒐集を重ねた。会場では、日本民藝館が誇る琉球民藝コレクションを中心に、人々の暮らしや芸能に根ざした道具の数々を紹介。さらに柳とともに沖縄を旅した河井、濱田、そして染色家・芹沢銈介(1895〜1984)ら民藝運動の作家たちが沖縄に学び制作した作品など、約100点が一堂に会する。

柳宗悦が出会った「紅型」

 会場はプロローグとエピローグを含む全6章で構成される。導入となるプロローグ「柳宗悦と沖縄民藝との出会い」では、柳がなぜ沖縄に惹かれたのかという原点を、沖縄紅型の魅力や柳自身の言葉とともに紐解いていく。

柳宗悦が初めて目にしたとされる《白地雲青海波に菊牡丹文様紅型衣装》(19世紀)木綿・苧麻

 第1章でまず光を当てるのは「琉球の染物」だ。1938年に初めて沖縄の地を踏んだ柳は、固有の文化が息づく暮らしを目の当たりにし、なかでも紅型を「世界最上の染物」と絶賛したという。本章では、紅型の2大技法である、型紙を用いて文様を染める「型染」と、フリーハンドで描く「筒染」を紹介している。植物染料や顔料がもたらす鮮やかな色彩は、まさに琉球の染物ならではだ。柳や、のちに紅型を自身の作風へと昇華させた芹沢が魅了された美しさを、ぜひ会場で体感してほしい。

第1章「琉球の染物」の展示風景。左のガラスケースは「筒染」、奥のガラスケースには「型染」の技法を用いた紅型が展示されている

*1──民藝とは「民衆的工藝」の略称。それまで美術界で顧みられることのなかった名もなき職人による日常の生活道具に目を向け、そこに宿る健やかな美しさを「用の美(ようのび)」として称え、見出す思想および運動を指す。

編集部