政治社会学者・前原志保が選ぶ、台湾の民主主義を知る5選。音楽からマンガ、シビックテックまで

映画や文学、音楽、アート、建築、そしてナイトカルチャー。日本とも深い関係を持ちながら、独自の歴史と社会を背景に多様な表現を生み出してきた台湾を、いまの視点から読み解く。特集「コンテンツから知る台湾カルチャーの現在地」では、ひとつのジャンルに限定せず、作品や場所、文化的な実践を手がかりに台湾の現在地を紹介するシリーズを展開する。今回は「民主主義」をテーマに、政治社会学者の前原志保による5選をお届け。

文=前原志保

浦芝眞史《選挙集会・旗》(2024) 撮影=浦芝眞史 写真提供=『報道者』

 台湾では、民主主義は選挙や政治制度のなかだけで育まれてきたものではありません。音楽やマンガ、街の風景、デジタル技術など、市民の身近な文化や実践のなかにも、その歴史と現在が刻まれています。今回は、ひまわり学生運動を象徴した楽曲から、白色テロの記憶を描くグラフィック・ノベル、選挙活動を彩る色、蔣介石像をめぐる公共空間、シビックテックまで、台湾の民主主義を知るための5つのトピックを紹介します。

1. 滅火器(Fire EX.)《島嶼天光》(この島の夜明け)

声:自分のことばで民主主義を歌う

 2014年春、台湾の若者たちが中国との「海峡両岸サービス貿易協定」の審議に抗議して立法院(国会)を24日間占拠した「ひまわり学生運動」。その運動を象徴する歌となったのが、台湾のロックバンド、滅火器(Fire EX.)の《島嶼天光》(この島の夜明け、2014)だった。運動のさなかに生まれたこの曲は、自分たちの手で台湾の未来をつくろうとする若者たちの覚悟を歌い、運動の現場で多くの参加者によって歌われた。

2014年のひまわり学生運動におけるFire EX. Photo courtesy of Fire EX. / FIRE ON MUSIC

 もっとも、ひまわり学生運動を「突然政治に目覚めた若者たち」の物語として見るだけでは、台湾社会の特徴を見落としてしまう。彼らの周囲には、1980年代から90年代にかけて民主化運動や学生運動、社会運動を経験した上の世代がいた。若者が政治について声を上げることを「学生は政治に口を出すべきではない」と遠ざけるのではなく、その参加を支え、ときには自らも運動に加わる。そうした世代を超えた政治参加の経験が、地層のように積み重なっていたからこそ、2014年の「声」は社会のなかに広がっていった。

 《島嶼天光》が台湾語で歌われていることにも注目したい。台湾では戦後、国民党政権が標準中国語を「国語」とする政策を進め、台湾語をはじめとする地域に根ざした言語は学校などの公的空間で周縁化され、「古い」「カッコ悪い」ものとみなされてきた。民主化とともに言語をめぐる規制が解かれると、台湾語は音楽や文学、映画など様々な文化表現のなかで「新しい声」となっていく。民主主義とは、自分の意見を表明できることだけではない。どの言葉で、どんな声で語るのかを自分で選べることもまた、民主主義の一部である。

アーティスト:滅火器(Fire EX.)
発表:2014年
公式ウェブサイト:https://www.fireex.com.tw/2026ONFIREDAY/
YouTube:https://www.youtube.com/watch?v=-w24iJG28qI

2. 游珮芸、周見信『來自清水的孩子(台湾の少年)』

記憶:語れなかった時代を、グラフィック・ノベルで描き直す

 台湾の民主化は、自分たちの未来を自らの責任で選べるようになっただけでなく、それまで語ることのできなかった過去を語り直すことも可能にした。その例のひとつが、游珮芸(ユウ・ハイウン)が脚本を、周見信(シュウ・ケンシン)が作画を手がけた全4巻のグラフィック・ノベル『來自清水的孩子(台湾の少年)』(2022)である。主人公は、白色テロの政治受難者・蔡焜霖(サイ・コンリン)。高校時代に参加した読書会を理由に1950年に逮捕され、10年の刑を受け、その大半を政治犯として緑島で過ごした。出獄後は出版の世界に入り、子供向け雑誌『王子』(1966〜83)の創刊にも携わった人物である。

游珮芸、周見信『來自清水的孩子(台湾の少年)』第1巻(2022)

 長い戒厳令の時代、白色テロの経験は、被害者やその家族にとって容易に語ることのできない記憶だった。また、民主化以前の学校教育では、国の歴史が中心に置かれ、台湾の人々が、自分たちの暮らす土地の歴史を学ぶ機会は限られていた。民主化後、こうした過去は証言や歴史研究だけでなく、映画、文学、マンガなど様々な文化表現を通じて、若い世代にも伝えられるようになった。白色テロを題材としたゲーム『返校(Detention)』とその映画化も、その一例だろう。

 『台湾の少年』が描くのは、教科書のなかに出てくる「政治犯」ではなく、蔡焜霖というひとりの少年の人生だ。台湾中部の田舎町で暮らしていたごく普通の少年が、ある日突然国家によって自由を奪われる。それは特別な誰かに起きた不運な出来事でもなく、遠い記憶のなかの話でもなく、もしかすると自分や、自分の隣にいる人にも起こり得たことなのだ。グラフィック・ノベルという表現はそうした過去を「自分ごと」として考える入口にもなる。民主主義とは、現在について自由に語れることだけではない。かつて語ることのできなかった人々の記憶を取り戻し、それを次の世代が自分たちの表現で語り継ぐことでもある。

游珮芸=作 周見信=作画 倉本知明=訳
岩波書店 2022〜23年刊 全4巻 各2640円
ウェブサイト:https://www.iwanami.co.jp/book/b607217.html

3. 浦芝眞史「2024年台湾総統・立法委員選挙」

色:青、緑、白――民主主義を「色」で選ぶ

 台湾を拠点に活動する写真家・浦芝眞史は、2024年の総統・立法委員選挙を前に、台湾の選挙風景をカメラに収めた。浦芝の写真を見ていると、選挙が特別な政治イベントとしてだけではなく、街の日常風景のなかに違和感なく入り込んでいることに気づく。 台湾を歩いていると、選挙が近づいていることは街の「色」でわかる。国民党は青、民進党は緑、そして台湾民衆党は白。候補者の看板や旗、選挙事務所、支持者が身につける帽子やベストまで、街の風景が政党を象徴する色に染まっていく。台湾では政党やその支持者を「藍」「緑」「白」と色で呼ぶことも日常的だ。さらに支持の立場や強さによって、「深緑」「浅緑」「深藍」「浅藍」など、同じ色のなかにも濃淡がある。政治的な立場が、色によって目に見えるものになっているのである。

浦芝眞史《選挙集会・旗》(2024) 撮影=浦芝眞史 写真提供=『報道者』

 しかし、台湾の選挙を彩るのは色だけではない。街を埋め尽くす巨大な候補者の看板、市内を動き回るラッピングバス、テレビやSNSで流れる選挙CM、選挙ソング。そして「造勢」と呼ばれる大規模な選挙集会では、音楽や映像、照明、旗、プラカードを使って、支持者たちがひとつの空間をつくりあげる。選挙は政策を文字で読み比べるだけのものではなく、政治を「見る」「聞く」、そして身体で体験する場でもある。 総統選挙ともなると、候補者や政党のロゴをあしらったグッズも登場する。Tシャツや帽子、タオルだけではない。コーヒーや腕時計、アロマグッズなど一見すると選挙に関係のないものもある。こうしたグッズを買い、使い、身につけることもまた、候補者への支持を日常のなかで表現する方法となっている。外国から選挙を見にきた人なら、政治的な意味をよそについお土産にしてしまうこともある。

 浦芝の写真が捉えているのも、選挙という政治の営みが日常の風景の一部になっている台湾の姿である。民主主義には、異なる考えを持つ人々がいる。その違いを隠すのではなく、色をまとい、旗を振り、それぞれの未来像を可視化して競い合う。台湾の選挙を彩る青、緑、白は、民主主義が「違い」を目に見えるかたちにした色でもある。もっとも、これだけ色に政治的な意味がある社会では、誰かに贈り物をするとき、その色が何を意味するのか、少し気にしたほうがいいかもしれない。

撮影:浦芝眞史
撮影年:2023〜24年 発表:2024年

編集部

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