インドのコルカタで生まれ、現在はニューヨークを拠点に活動するリナ・バネルジー。南アジア系のディアスポラのアーティストとして、ポストコロニアル・フェミニズムのアプローチを取り入れ、植民地主義的なまなざしに抵抗する一連のオブジェクトや絵画を手がけている。
リナ・バネルジー「"You made me leave home...」展が、エスパス ルイ・ヴィトンの設立20周年、そしてフォンダシオン ルイ・ヴィトンのコレクションを展示するプログラム「Hors-les-murs(壁をこえて)」の10周年という2つの節目を記念し、エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中だ。同展を訪れた音楽家であり文筆家の寺尾紗穂は、学生時代に小説家・中島敦の影響で移民に関心をもって以来、南洋に渡った日本人や、戦後移民の足取りを辿り、声の聞き取りを続けてきた。移民としてのアイデンティティをもつ人々をまなざしてきた彼女の目に、バネルジーの作品はどう映ったのだろうか。
新しい故郷を獲得する
「私が調べていた南洋の移民の人々というのは、満州や朝鮮や台湾がそうであったように入植者でもあったので、たんに生きる場所を変えるという意味の現在の移民とは違っていました。南洋の場合、海を渡ってしばらくは統治側の人間として階層の上位にいられた。天国のような場だと感じて暮らしていたけれど、戦争が起きて、大変な思いもして……彼らの話はやはり一色では語れないことなんです。そしてベクトルの向きは違いますが、社会のマイノリティの移民として生きるリナさんの作品もまた『簡単に語れない』点は同じかもしれません。表現としてはわりとポップだけれど、移民として生きるうえでの日々の疎外感や違和感のような感覚が底層にあるのではないかと思います。けれどそこから先は、彼女の明るさで様々なものを乗り越えてきた。あるいは乗り越えるなかで生み出してきた表現が、この形なんだろうなと感じます」と寺尾は見る。
今回、フォンダシオン ルイ・ヴィトンとして初公開され、本展の記念碑的な作品となる《In an unnatural storm a world fertile, (…)》(2008)は、フランスの作家ジュール・ヴェルヌの小説『八十日間世界一周』から着想を得ている。世界をめぐる冒険の旅がもたらす驚異と危うさを表現した本作は、バネルジーの創作の根幹を象徴する作品だ。

綿布、貝殻、木製祭壇、シャンデリア、ダチョウの卵、瓢箪(ひょうたん)……。作品を構築する一つひとつの日常的な素材のディテールを興味深そうに眺める寺尾は、「こういう瓢箪は日本ではあまり見ないですね。瓢箪はインド原産という説もあるみたいですが、日本の民話でも、山姥が不思議な瓢箪の中で、飢えた子たちにおいしいものをたらふく食べさせる話がありますね。何か豊穣な、子宮のイメージもあるでしょうか」と、ほのかに目を輝かせながら語る。主にグローバルサウス産の素材を組み合わせて仕上げられるバネルジーの作品は、人間の移動に伴い、時に不当に取引された「物の移動」の歴史を突きつけられるという意味で、鑑賞者に居心地の悪さを感じさせる。
同時に、地球規模で移動した物の行き着く先の姿を、彼女は決して悲観的なものとしてのみ提示しない。海を渡って次の土地に運ばれた物質が、新しい居場所あるいは故郷(Home)を獲得していく可能性を探ろうとする。その姿勢は、一つひとつ手作業で組み立てられた作品の造形の至るところに見て取れる。そういったバネルジーの主体的な意志が宿っているからこそ、一連の作品はたやすい理解やカテゴライズを全身で超えていくような躍動感とエネルギーに満ちている。
「髪は生きているかぎり伸び続けるものですが、彼女の作品を見ると、切られて本体を離れた後の髪にも、不思議と生命力を感じますね」と寺尾が語ったのは、本展のコンセプトを方向づける大作《Black Noodles》(2023)だ。本作は、世界的な需要のほとんどをインドの女性が支えているという国際的な人毛取引と、その政治的背景を扱っている。不可視化された労働や搾取の構造を批評的に捉えながらも、海藻が絡まったクラゲのようなフォルムや、とぐろを巻く黒々とした繊維などが水生生物の蠢きを思わせる。国境をまたぎ、異なる土地へと移動しようとするパワーを意図してつくられたという。
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