エスパス ルイ・ヴィトン大阪で、アメリカを代表する現代アーティスト、ジェフ・クーンズの日本初となる個展「PAINTINGS AND BANALITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」が開催中だ。当初は7月5日までの開催予定だったが、好評につき10月18日までの会期延長が決定した。 本展では、約40年にわたるキャリアの中から絵画と彫刻の計7点を紹介している。
本展の開催を記念して、「美術手帖プレミアム」会員限定スペシャルトークイベントが開催。彫刻家の名和晃平をゲストに迎えたギャラリートークが行われた。日用品や大衆文化のモチーフを変換し、彫刻の概念を拡張し続けてきたクーンズ。同じく彫刻家として国際的に活躍し、独自の概念で物質とイメージを変換し続ける名和は、クーンズ作品をどう見るのか。
アーティストの人生そのものが作品化する「隙のなさ」
──ジェフ・クーンズの作品との初めての出会いや、当時の印象について教えてください。
名和晃平(以下、名和) おそらく当時の『美術手帖』などの雑誌で見たのが最初だったと思います。「Equilibrium」シリーズのバスケットボールが浮かんでいる作品を見て、「これはなんなんだろう」と思ったのを覚えています。実物をはっきりと意識して見たのは、ロンドンに留学していた1990年代後半から、ニューヨークの美術館やギャラリーを巡った2000年頃ですね。

──実際に作品と対面した時の第一印象はいかがでしたか?
名和 自分との差異を強く意識しました。クーンズはキッチュなものを通じて人間の深層心理や欲望といった直視しがたいテーマに堂々と踏み込んでいく。アプローチは違えど、非常に挑戦的な試みをしているアーティストだという印象でした。
彼は彫刻史に造詣が深く、自身の表現と歴史を明快に接続しています。モヤモヤしながら試行錯誤を続ける多くの表現者からすると、その明晰さは逆に謎めいて見えるほどです。

──クーンズはまるで映画スターのような存在感がありますよね。
名和 彼のインタビューを聞いていても、自分の表現と言葉が明快に直結していて非常にクレバーに感じられます。常にスーツを着こなして笑顔でポーズをとる姿も含め、アーティストとしての自身の人生そのものを「作品(彫刻)」にしているような隙のなさがありますね。
クーンズの「表層」と名和晃平の「表皮」

──クーンズは掃除機やおもちゃなど、日常的な大衆文化のオブジェクトをアートへと変換(デペイズマン)してきました。名和さんも「PixCell」シリーズや「Prism」シリーズで日用品をモチーフにされていますが、その手法の共通点や違いについてどうお考えですか?
名和 世界中から集めた日用品をモチーフとしてその存在と意味づけを「変換する」という行為には、通底するところがあると思います。僕はかつて、プリズムの中にダイソンの掃除機を入れた作品を作ったことがありましたが、それはクーンズへのオマージュでもありました。
ただ、そこに込められている概念には大きな違いがあります。僕は自身の制作手法を「表皮」の彫刻と呼んでいますが、クーンズの作品は日本語のニュアンスでは「表層」に近い。彼はそのツルッとした鏡面のような表層のなかに、社会的な批評から個人的な欲望、自身の幼少期の体験やフェティッシュな要素までをも入れ込んで、ドラスティックに見せつけてきます。僕は逆に、表面の仕上げにおいては知覚されるマテリアルの物質感にフォーカスし「概念やイメージを入れ込みすぎない」ようにしてきました。
──そのスタンスの違いは、どこから生まれているのでしょうか?
名和 世代や時代背景の違いが大きいと思います。僕が京都市立芸大に入学した1994年から博士課程を出るまでの9年間は、インターネットが普及し、アナログからデジタルへと社会が移行する過渡期でした。その変革のさなかに彫刻のあり方を考えた結果が「表皮」へのアプローチだったのだと思います。
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