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身体はどのようにジェンダーを演じるのか。アイザック・チョン・ワイが大館「An Intimate Surrender」で問うもの【3/3ページ】

ガラス、鏡、音──観客を巻き込む舞台装置

──あなたが第60回ヴェネチア・ビエンナーレ(2024)で発表した大型映像インスタレーション《Falling Reversely》(2021/2024)では、「倒れる/落下する」という身体の姿勢を反転させることで、反アジア人種差別に応答するとともに、システムや制度に組み込まれた暴力に対して、人々が集合的に抵抗する可能性を探っていました。この実践の延長線上に、「An Intimate Surrender」展の振付も位置づけられるように思います。

 今回のパフォーマンスでは、「回転」と「落下」が繰り返し現れます。それらは映画の物語と呼応すると同時に、京劇における旋回の身段や伝統的な身体技法も参照しています。また、パフォーマー同士が腕を伸ばしてつながったり、頭を寄せ合ったりする反復的な身振りによって、『さらば、わが愛/覇王別姫』を象徴するイメージも繊細に再構成されています。

パフォーマー同士が腕を伸ばしてつながったり、頭を寄せ合ったりする反復的な身振りによって、『さらば、わが愛/覇王別姫』を象徴するイメージも繊細に再構成されている Photo by Tai Ngai Lung. Courtesy of Tai Kwun Contemporary

 「An Intimate Surrender」展のパフォーマーたちは、『さらば、わが愛/覇王別姫』の登場人物と同様に、自らの身体をメディウムとして、社会的に共有されてきたジェンダーへの期待を演じ、それに応答します。展示空間のなかで動作を何度も反復し、抽象的なジェンダーをめぐる言説を肉体を通して翻訳し、交渉していく。それはレスリー・チャンや程蝶衣の運命を引き受けると同時に、歴史のなかで蓄積されてきた規律や規範の痕跡を映し出すものでもあります。

 今回のコラボレーションでジェンダーについて話していたとき、現在の議論の多くが西洋の現代理論を基盤としていることにも気づきました。私たちも様々なクィア研究者の議論を参照しましたが、それ以上に、この展覧会をアジアの視点から考えたいという思いがありました。そこで、中国古代思想に見られる「陰陽の相互依存と動的な均衡」という世界観を、あなたの振付にも取り入れようと試みました。

 視覚芸術を出発点とするあなたの振付には、伝統的なダンスの形式を解体し、再構成するという特徴があります。コンテンポラリーダンスの抽象的な身体のラインと、中国戯曲に見られるしなやかな身段を組み合わせる。パフォーマーの身体は、ときに抑制され、ときに激しく爆発し、緊張と柔らかさ、緩慢さと加速、反復と変奏といった対照的な要素が交錯します。そこでは男性性と女性性という二項対立が反転し、「陽のなかに陰があり、陰のなかに陽がある」という動的な均衡が立ち現れています。

 パフォーマーによる反復的な動きは空間のインスタレーションとも呼応し、次第に儀式的な感覚を帯びていきます。先ほどあなたが「反復はレジリエンスを培うための実践」と話したように、それは程蝶衣と虞姫が体現する「降伏(surrender)」や和解にも深く呼応しながら、あなた独自の身体言語を生み出しているように思います。

 今回のライブ・パフォーマンスは、展示室に設置された大型インスタレーション「Touched」と「Staged」シリーズとも密接に関係しています。金属製のフレーム、エッチングを施したガラス、鏡面などで構成された作品は、絶えず稼働している映画の撮影セットのようでもあり、観客の身体や鏡に映る姿までもそのなかに取り込んでいきます。このインスタレーションでは、どのような考えから素材を選んだのでしょうか。また、それによって観客とパフォーマーの関係をどのようにかたちづくろうとしたのでしょうか。

「Touched」シリーズの展示風景 Photo by Tai Ngai Lung. Courtesy of Tai Kwun Contemporary

チョン・ワイ メイン展示室に設置した大型インスタレーション「Touched」シリーズは、金属製のフレーム、エッチングを施したガラス、鏡面、色ガラスのパネルなどから構成されています。このシリーズは、映画のイメージがどのように私たちの身体のなかに刻み込まれていくのか、という問いから生まれました。エッチングされたガラスに浮かぶ霧のような身体の痕跡は、たんなる視覚的記憶ではありません。それらは、私たちが自分自身や歴史、欲望を理解するための、身体化された経験をかたちづくるものでもあります。

 作品はいわば、絶えず稼働し続ける映画の撮影セットのようなものです。そこでは、身体が存在し、別の身体と出会うことで、イメージが何度も呼び起こされます。私はこの作品を考えるうえで、身体がどのように作品に関与するのかを重視しました。例えば、観客の鏡像がパフォーマーとともにひとつの場面のなかに収まることもあります。

 そして観客は展示を見終えて会場を出るとき、再びスポットライトの光のなかを通ります。この反復される身体的な経験が、展覧会をめぐる体験の始まりと終わりの両方をかたちづくり、観察する側と演じる側の境界を曖昧にしていきます。観客はもはや振付を外側から眺める存在ではなく、その展開そのものの一部となるのです。

「Staged」シリーズの展示風景 Photo by Tai Ngai Lung. Courtesy of Tai Kwun Contemporary

 もうひとつの「Staged」シリーズは、青い展示室に設置しました。そこでは舞台裏を思わせる雰囲気をつくっています。半透明のカーテン、垂れ下がるシルクの幕、鏡面、そして中国伝統演劇で用いられる鳳冠を解体して制作した作品によって、親密で薄暗い空間を構成しました。

 観客がその空間を歩くと、鳳冠と鏡に映った自身の姿が重なります。それによって、アイデンティティとは絶えずリハーサルされ、構築され、解体され、そして再構成されていくプロセスなのだということを示唆しています。

 素材という点では、私はとくにガラスの脆さに惹かれています。私にとって、この世界にはどこか矛盾したところがあります。強さの背後には、偽りや嘘が潜んでいることがある。いっぽう、人は脆弱な状態にあるときにこそ、もっとも真実に近い姿を見せるのかもしれない。だとすれば、そもそも「真実」とはなんなのか。作品を通して、脆弱さを抱えながらも、いかに持続し、抵抗し続けることができるのかを表現したいと考えています。

 鏡には、即時性とパフォーマティヴな性質があります。像を重ね、反射させること、そして素材そのものが持つ特性によって、展覧会にさらに多層的な表現や解釈の可能性を与えることができるのです。

──最後に、今回の展覧会におけるサウンド・デザインについても触れたいと思います。会場の音は会期を通して変化し続け、ライブ・パフォーマンスの際には、さらに異なるレイヤーが加わっていました。

チョン・ワイ 今回のサウンド・デザインでは、これまでも長く一緒に仕事をしてきたサウンド・デザイナーの正村暢崇とコラボレーションしました。

 まず私から展覧会のコンセプトと振付について説明し、そこからどのような素材を音として取り入れるのか、そしてどのような聴覚体験をつくりたいのかを一緒に話し合いました。

 主に使用したのは、展覧会の素材や身体と関係する音です。例えば、ガラスを叩いたときに生じる音や、リハーサル中にパフォーマーが回転する際に身体から生じる音を収録しました。また、1950年代の京劇『覇王別姫』の録音からも一部をサンプリングしています。そうした様々な音の要素を改めて整理し、リズムを持ったひとつのサウンドスケープとして構成していきました。

──大館での展覧会はすでに幕を閉じましたが、「An Intimate Surrender」展は近い将来、今度は出版物というかたちで再び立ち現れることになると思います。私もいまからとても楽しみにしています。

編集部