• HOME
  • MAGAZINE
  • INTERVIEW
  • 「Taiwan Pavilion」キュレーター・陳湘汶が語る光州ビエンナー…

「Taiwan Pavilion」キュレーター・陳湘汶が語る光州ビエンナーレ「Instance Dungeons: Gray Zone」。情報とテクノロジー、現実の境界【2/3ページ】

シミュレーションされた現実

 3Dアニメーションを用いた作品にも、現実とその再現との境界が現れる。林瑜亮(リン・ユーリャン)による《Nothing But a Faint Shadow》(2026)は、マルチチャンネル映像と複合素材による彫刻を組み合わせたインスタレーションだ。会場にはモニターや立体物が配置され、複数のイメージや物体のあいだを鑑賞者が移動する構成となっている。

林瑜亮《Nothing But a Faint Shadow》(2026)Multi-channel video installation, mixed media sculpture. Dimensions variable. Courtesy of NTMoFA.

 陳はそこから、コンピューター内部でデータによって現実の物体を再現する「simulation(シミュレーション)」へと話を広げる。私たちは現実をそのまま受け取るだけでなく、一度知覚したものを別のかたちで再現し、欲望や想像を投影する。ヴァーチャルと現実、シミュレーションと現実。その境界は必ずしも明確ではない。陳によれば、この作品は子供たちが指を使って動物などの形をつくる影絵を思わせる場面から始まる。そこから話は、コンピューター上でデータによって物体や運動を再現する「simulation(シミュレーション)」へとつながっていく。

 「私たちは、自分たちが知覚したものや、欲しているものをつねにシミュレートしている。そこには、ヴァーチャルと現実、あるいはシミュレーションと現実のあいだの『境界』という問題があります」。

 影絵も、3Dアニメーションも、目の前に存在するものを別の方法で再現するという点では連続している。現実とそのコピーを明確に分けることが困難になった現在、その境界そのものが作品の主題となっている。

AIの「失敗」も作品に

 蘇匯宇(スー・ホイユー)の《The Space Warriors and the Digigrave》(2023〜25)は、映画と映像インスタレーション、AI生成映像を組み合わせた作品だ。AIや3Dといった新しい技術が目立つ本展だが、陳は、高度なテクノロジーそのものを見せることが目的ではないと強調する。「テクノロジーは表現するための方法ではありますが、結論ではない。目的そのものでもありません。むしろ、テクノロジーを問い直すことがアートの重要な部分だと思っています」

蘇匯宇《The Space Warriors and the Digigrave》(2023〜25)Video installation, film, AI generated video. Dimensions variable. Courtesy of NTMoFA.

 本作に登場するAI生成映像には、画像の破綻や不自然さも残されている。通常であれば「失敗」として修正されるような部分をあえて隠していない。技術によってどこまで現実そっくりの世界を生成できるかを競うのではなく、その技術が持つ限界や歪みを露出させること。陳にとって、テクノロジーを用いることと、テクノロジーを批判的に見ることは両立している。

阮柏遠《Grinding_tw》(2026)Video, stainless steel, LCD screen, wire. Dimensions variable. Courtesy of NTMoFA.

 映像作品の多さは本展のひとつの特徴だが、スクリーンのなかだけで完結するわけではない。映像を映す装置や立体物、既製品が会場のなかに配置されることで、鑑賞者自身の身体もまた、複数の情報やイメージが交錯する空間のなかへと置かれていく。

「イエスかノーか」に回収されないために

 こうした作品群を通じて陳が問題視するのが、現代の情報環境における「平坦さ」だ。「現在の世界、とくにインターネット上の世界は、とても『flat(平坦)』になっていると思います。ほとんどの場合、私たちに与えられる選択肢はふたつしかありません。イエスかノーか、白か黒か」。

林瑜亮《Nothing But a Faint Shadow》(2026) 撮影:編集部

 情報が短い言葉やイメージとして高速で流通するなか、複雑な背景をもつ問題は、賛成/反対、正しい/間違っているという二項対立へと整理されやすい。それに対し、陳はアーティストの実践に別の可能性を見る。「アーティストは、それぞれの実践によって、世界の表面にあるこの『平坦さ』を破ろうとしているのだと思います」。

 「Gray Zone」という展覧会タイトルも、白か黒かという二者択一では捉えきれない領域へと鑑賞者をとどめるものとして読むことができる。作品は明快な回答を示すというよりも、ひとつの出来事を別の角度から見るための複数の視点をつくり出している。