「第16回光州ビエンナーレ」開幕レポート。「You Must Change Your Life」が問いかける変化の速度とスケール

韓国・光州で、第16回光州ビエンナーレ「You Must Change Your Life」が開幕した。芸術監督を務めるのは、シンガポールを拠点とするアーティストのホー・ツーニェン。過去最少となる43組の参加作家をひとつの建物に集め、分子的な運動から身体、共同体、風景、惑星的な時間へと、異なる尺度で生じる「変化」をたどる。会期は11月15日まで。

文=大原愛美(編集部)

16th Gwangju Biennale, Gallery 1, Installation View, Photo: Jeon Byung Cheol © Gwangju Biennale
Foundation

 韓国・光州の光州ビエンナーレ展示館で、第16回光州ビエンナーレ「You Must Change Your Life」が開幕した。会期は11月15日まで。

 芸術監督は、映像やインスタレーションを通じて東南アジアの歴史と複数の時間性を扱ってきたホー・ツーニェン。チェ・キョンファ、パク・ガヒ、ブライアン・クアン・ウッドもキュレーターとして加わり、22ヶ国から43組のアーティストやコレクティブが参加した。

光州ビエンナーレ展示館 撮影=筆者

 展覧会タイトル「You Must Change Your Life(お前はお前の生を変えねばならない)」は、ドイツの詩人、ライナー・マリア・リルケ(1875〜1926)の詩『古代のアポロのトルソー』(1908)の最後の一行から引用されたもの。同作では、頭部が失われた古代彫刻に見つめられるような感覚の描写によって、鑑賞者と鑑賞対象である彫刻の視点の反転が表現される。そして結末に告げられる「お前はお前の生を変えねばならない」という言葉は、変化の方向や方法を指示するものではなく、人間は生を省みる姿勢を忘れてはならないという理念を意味している。本展もまた、変化を単一の出来事や明確な結論として提示するのではなく、身体や知覚、他者との関係をつくり変えていく継続的な実践としてとらえている。

 今回のメイン展示は、光州市内の複数会場へと拡張せず、光州ビエンナーレ展示館の5つの展示室に集約された。外へ外へと規模を広げるのではなく、ひとつの建物の内部へ深く進みながら、そこから再び都市や世界へと視野を開く構成だ。

記者会見より、左から、チェ・キョンファ、ホー・ツーニェン、パク・ガヒ、ブライアン・クアン・ウッド 16th Gwangju Biennale, Opening Press Conference, Photo: Hwang In Ho © Gwangju Biennale Foundation

 ホーは記者会見で、1990年代から2000年代にかけて国際展が拡大した時期には、グローバリゼーションや多文化主義、異なる地域間の対話をうながす役割があったと振り返った。そのいっぽうで、近年の大規模国際展をめぐっては、すべての会場を回り、すべての作品を見なければならないという「不安」が生じていると指摘する。とくに映像をはじめ、持続的な鑑賞を必要とする作品が後回しにされやすい状況を踏まえ、本展では作品数と会場を絞り、それぞれの作品を鑑賞するための時間をつくることが試みられた。また、展示は5つのギャラリーを異なる「世界」としてたどる構成となっている。各空間では、分子、身体、風景、宇宙、そして空気へと、扱われる変化のスケールが徐々に移り変わっていく。

一年と一瞬、地質学的時間が並ぶ場所

 第1ギャラリー「Molecules and Me」は、知覚できる大きさよりもさらに小さな、分子レベルの変化をテーマとする。ここで扱われるのは、物質や身体を固定されたものとしてではなく、絶えず循環し、分解され、再び結びついていくものとして見る視点だ。

手前がゴールディン+セネビー《Resin Pond》(2026) 16th Gwangju Biennale, Gallery 1, Installation View, Photo: Jeon Byung Cheol © Gwangju Biennale
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 展示室に入ると、まず床面を大きく覆う琥珀色の光沢が目に入る。ゴールディン+セネビーの《Resin Pond》(2026)は、約2トンの松脂を床に流し込んだインスタレーションだ。半透明の松脂は池のように展示空間へ広がり、鑑賞者の動線そのものを遮るように横たわる。松の樹にとって脂は、害虫や菌から自身を守り、傷口を覆うために分泌される物質だ。そのいっぽうで、エネルギーを多く含む化合物として、人間によって採取され、バイオオイルや燃料へと転換されうる資源でもある。自己防衛や修復と、外部による利用という異なる働きが、ひとつの物質のなかで重なる。

左側床上がニナ・カネル《Perpetuum Mobile(40 Kg)》(2009–2026) 16th Gwangju Biennale, Nina Canell, Installation View, Photo: Jeon Byung Cheol © Gwangju Biennale
Biennale Foundation

 その周囲には、目には見えにくい変化を扱う作品が点在する。ニナ・カネルの《Perpetuum Mobile(40 Kg)》(2009–2026)は、水を張った容器とセメント、超音波発生装置による作品だ。床に置かれた水面では細かな振動が持続し、隣に置かれたセメントにも、水分や振動を介した変化が生じていく。

 ここでは、変化は必ずしも目に見える劇的な出来事として現れるわけではない。水分、電気、振動、樹液といった物質の作用を通じて、静止しているように見えるものでも変化が進行していることが示される。

身体を変えるのは、訓練か、ケアか

 第2ギャラリー「Bodies and Bonds」では、変化のスケールが身体そのもの、そして身体同士の関係へと移る。空間は卓球台やサッカーコートのように二分され、そのあいだを鑑賞者が往復するように構成されている。

ロッセラ・ビスコッティ《Alfabeto》(2018)が展示されたアクリル板によって展示室が2つに分けられている 16th Gwangju Biennale, Gallery 2, Installation View, Photo: Jeon Byung Cheol © Gwangju Biennale Foundation

 ここで扱われるのは、訓練や反復によって形成される身体だけではなく、触れる/触れられる、支える/支えられるといった関係のなかで、身体がいかに変化していくのかという問いだ。

 展示室に入ってすぐに見えるのが、ユリウス・コラー(1939–2007)の卓球台を用いた一連の作品だ。《Ping-Pong(U.F.O.)》(1990)をはじめ、会場には複数の卓球台やラケット、記録写真などが並ぶ。コラーは1970年、スロバキア・ブラチスラヴァのギャラリーを「J.K. Ping-Pong Club」へと変え、来場者と実際に卓球をするプロジェクトを行った。その後も卓球をモチーフとする実践を繰り返している。

 コラーにとって卓球は、身体能力を高めたり勝敗を競ったりするためだけのスポーツではない。ひとつの球を相手とのあいだで往復させる行為は、対話や相互作用のモデルとして捉えられていた。固定された立場にとどまるのではなく、相手から返ってきた球に応答しながら、そのつど身体を動かす。本展示室全体もまた、こうした「往復」をひとつの構造としている。

前景にユリウス・コラー《Ping-Pong(U.F.O.)》(1990)、中景にインジ・エヴィネル《National Fitness》(2013)、後景に「五月の母の家(May Mothers House)」のメンバーによる絵画 16th Gwangju Biennale, Gallery 2, Installation View, Photo: Jeon Byung Cheol © Gwangju Biennale Foundation

 展示室奥に展示されるのが、光州の「五月の母の家(May Mothers House)」のメンバーによる絵画だ。「五月の母の家」は、1980年5月18日の光州民主化運動によって家族を失ったり、自ら負傷したりするなど、国家暴力によって人生を大きく変えられた女性たちの共同体として2006年に設立された。メンバーは22年からアーティストのチュ・ホンとともに、「記憶すること」「自分を見つけること」「連帯すること」をテーマとした絵画のワークショップを続けてきた。

 本展では、そのなかで制作された322点の絵画と、それらの作品にまつわる証言を収めた冊子が紹介されている。画面に描かれるのは、花や果物、家族との時間といった日常の記憶から、1980年5月の出来事、ろうそく集会、民主化運動や連帯の場面まで様々だ。

アンジェラ・ゴー《Craft》(2026)パフォーマンスの様子 撮影=筆者

 さらに、第2ギャラリーを出て第3ギャラリーへ向かう橋では、アンジェラ・ゴーの《Craft》(2026)が1日4回上演される。パフォーマーは、細部まで制御された手の動作を積み重ねながら身体のかたちを変化させる。そして鑑賞者の視線はランダムなタイミングで移動させられ、その注意は身体そのものにとどまらず、やがて橋や建築、その外側の風景との関係へと広がっていく。