東京江戸時代の絵師・円山応挙(1733〜95)の画業の全貌に、初期から晩年まで120点を超える作品で迫る、江戸東京博物館リニューアル記念特別展「円山応挙 リアルの先へ 空間革命」が開催される。会期は11月28日〜2027年1月24日。担当は同館学芸員の朴美姫。会期後は、大阪市立美術館に巡回する予定だ。
円山応挙は江戸時代後期に活躍した絵師で、円山派の祖。1733(享保18)年に丹波国桑田郡穴太村(現・京都府亀岡市)の農家の次男として生まれる。10代の頃に京の都に出て画技の研鑽に努め、玩具店・尾張屋にも奉公。一時期狩野派の絵師のもとで学んだが、中国画までを含む様々な流派の画風を摂取し、写生を重視した独自の画風を確立。多くの弟子を抱え、40代半ば以降は一門で数々の障壁画制作をこなし、国宝《雪松図屏風》(1786頃)や、兵庫県大乗寺客殿の襖絵などを生み出し、近代の日本絵画のひとつの礎を築いたと評される。
写生を重視し、対象を的確にとらえたと評されることが多い応挙だが、本展は応挙を、気配や時間、空間全体で世界を表現する、「リアル」を超えた表現を試みた芸術家としてとらえ、その魅力と革新性に迫るものだ。
5章構成でその画業の全貌に迫る
展覧会は5章構成。第1章「絵師応挙の誕生」(〜1766)では、応挙の初期の画業を紹介する。



狩野探幽の流れをくむ石田幽汀に学びながらも、中国絵画・沈南蘋の画風も学んだという。さらにこの時期の応挙において注目すべきなのは「眼鏡絵」への取り組みだ。「眼鏡絵」は西洋で生まれた線遠近法を取り入れ、凸レンズを通して見ることで特殊な効果を得られるものだ。このような例を上げつつ本章では応挙がその空間表現をどのように得てきたのかを探る。


第2章「明和(明和3〜9年、1766〜72)」は、応挙が「応挙」と名のり始めた明和3年以降の足取りをたどる。この時期に応挙に影響を与えたのは、円満院門主の祐常だった。この交流は応挙が写生に向かうひとつの契機となった。本章ではこうした写生への傾倒を感じられる作品を展示する。


第3章「安永(安永元〜10年、1772〜81)」は、三井家をはじめとする京都の上層町人の支持を得た時代の作品を紹介。本章ではセインズベリー視覚芸術センターから里帰りする《虎図》(安永9年、1780)をはじめ、京を代表する絵師となっていった時代の作品を紹介。
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