Part③作品講評:わかりやすく伝え、価値観をゆるがす
その後は諏訪による生徒作品の講評タイム。諏訪は講評にあたり「本日は時間が限られているので講評の形式をとりますが、大学の日常では、一方的に教授陣が批評し、それを正解として押し付けるのではなく、学生は未熟でもひとりの独立したアーティストであると想定しながら、意見交換の機会を設けるようにしています。僕も制作者は何を考えているのかを知りたいわけです。学生によっては、自分のなかには何もないと思っている、あるいは人前で言葉を発すること自体に抵抗がある者も少なくなくて、なかなか実現できないときもありますが、それぞれの事情について、研究室スタッフと連携しながら時間をかけて理解をしようとします。先ほど話した、『学生をアーティストとして扱おうと努力している』というのはそういうことも含まれます。院生あたりになるとそういう関係は自然と成立するようになります」と話した。
ここでは、講評を受けた作品から3点を紹介する。髙橋知里の《MIKORIN》は友達の首が学校にあるスリッパかけにかかっている様子を描いたというシュールな作品だ。「スリッパかけにスリッパをかけるのが大好き。前から描きたかった友達と組み合わせた」という作者のユーモラスなプレゼンに、教室は大いに湧いた。諏訪は「ユニークな設定なのに、無表情な顔の描写はとても実直。そのギャップが面白く、潔く説明を排除しているところにセンスを感じる」としながら「スリッパかけだとわからないのが残念なので、横にいくつかスリッパが並んでいる様子も描いたらどう……? いや、でもそれじゃせっかくの不思議な雰囲気がぶち壊しか……。とはいえ、じつは僕も最初なんのことかわからなかった(笑)。見る人の目線に降りて、わかりやすく伝えるようなアプローチも試してみて」と伝えた。
《Beautiful》を描いた菱沼百花は「カラスは世間で害鳥というイメージがあるが、自分は好きで、魅力が伝わるようにしたいと思った」と説明。諏訪は「白いカラスもいいねえ! カラスは日差しに照らされると、複雑な色彩と輝きを放つよな。私たちは記号的にものを見てしまいがちだけれど、人間がつくり出した環境のなかで順応して生きているカラスは、果たして本当に薄汚い存在なのか? あのゴミを散らかす評判の悪い振る舞いは、人間がさせてしまっている姿だしね。絵の機能には、説教しなくても楽しませながら価値観をゆるがすことができる良さがある。この絵は完成度が高く、あなたの小さな生命に投げかける優しい眼差しと、状況に対する疑問が、すんなりと伝わってくる。金網と後ろに抜ける空間の、微妙な色合いもシャレてるよ」と評価した。
《JKなりの愛情表現作品》は、作者の本川芽衣が、母が犬を抱いている家でのひとコマを描いたもの。諏訪は「毛並みの色彩がとても丁寧に描かれているね。室内犬や猫など、ペットを描くことが難しいのは、可愛いものをストレートに描くと、『可愛い』以上の感想を引き出しにくいから。そこはあえて斜めに見るとか、自分独自の視点を見せてほしい。とはいえ、これはいい作品だと思う。家族の肖像画はなかなか他人にとって入り込みにくいものだけど、このお母さんの腕!にとても魅力を感じている。愛犬や家族をこんなふうにずうっと抱き寄せ続けてきたんだって、じんわりとわかるから。そのためにはモデルのようなほっそりとした腕ではなくて、こんなふうに温かくて、湿度やみっしりした重みも感じられる腕が必要なんだろうなって了解させられた。そしてこの犬を守るように組んだ形がすごくいいよね。美しい」とコメントした。
2時間半に及ぶ授業では質問も途切れず、濃密な時間となった。諏訪は生徒たちに「自分の目指す方向を指してくれる大人との出会いの機会は、じつは誰にだって幾度となくあるはずで、そのときをどうか見逃さないように。そして描くときは、対象への敬意を大切に制作してください」とエールを送った。
第2回以降も、高校生に美大を通してアーティストやクリエイターの動向について知ってもらうためのプロジェクトを展開予定。レポートをシリーズとして掲載していく。
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