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[特別寄稿]長津結一郎:正解はないが「最適解」はある──アートと合理的配慮を考える【3/3ページ】

正解はないが「最適解」はある

 いっぽう、今回のNODA・MAP公演をめぐる一連の出来事を経て筆者自身、これまでアクセシビリティに関する実践経験がある複数の芸術家たちから、以下のような声を聞いた。

「障害や差別を題材にすると批判されるのであれば、これからは題材として扱うのが難しくなってしまうのではないか」「自分たちはもう、完全な情報保障ができないのであれば、字幕や音声ガイドなどに取り組まないほうが良いのではないか」

 今回の公開要望書は「野田秀樹氏が日本の舞台芸術界において占める位置と、その影響力の大きさ」から提出されているという点が特徴的であり、「ろう者・難聴者が『すべての公演回に』等しく参加できる舞台のあり方を、自らの作品で示していただけませんでしょうか」という言い回しからもうかがえるように、大きな影響力をもつ劇団がアクセシビリティ対応の先鞭をつけてほしい、という思いから書かれたものであろう。ただし実際の公演自体を見ていない多くの演劇関係者たちが、「自分たちもすべての公演回で情報保障を行わなければならないのではないか」とナイーブな反応を示したのもまた事実である。

 ただ、このような萎縮は、いずれも結果として、障害のある人を表現の場からも鑑賞の場からも遠ざけてしまう。もちろん、障害を扱えばそれだけで意義があるわけではないし、不十分なアクセシビリティを「やらないよりは良い」と無条件に評価することもできない。ただしそれでもなお重要なのは、批判を恐れて実践を避けることではなく、批判が生じる可能性を含めて、制作や運営の在り方を更新していくことである(*8)。

 もし仮に健常者の側が障害やその周辺に関わる素材やアクセスの課題に悩んだときは、当事者と協働することから始めるのが重要だ。ともに話をする場を設けたり、とりあえず少しやってみたり、それを振り返ってみたり、ということを繰り返すプロセスが重要であり、そのために時間をかけることをいとわない姿勢が重要だろう。なぜなら、どちらかの思い込みだけでは物事はまったく前に進まないからだ(*9)。

 また、早口のセリフやその抑揚、音の響き、絵画の色彩、会場の雰囲気などを、情報保障という手段を通じて提供したとしても、完全に再現することはできない。しかし、完全に同一の体験を提供できないことは、アクセスの手段を用意しない理由にはならない。必要なのは、作品の複雑さを単純化することではなく、作品にアクセスする入り口を複数つくることである。そのためには、先にも示したように、アクセシビリティを完成後に付け加えるのではなく、制作や事業設計の初期段階から組み込む必要がある。アクセシビリティは、作品を多くの人に楽しんでもらうための入り口づくりなのである。

 すべての作品や文化施設に通用する、共通するひとつの正解があるわけではない。合理的配慮の思想からもわかるように、作品の形式、会場の構造、予算、人員、技術、観客のニーズによって、可能な方法や求められるものは異なり、根本的には個別具体的に判断していくしかない。いわば、万人に通じる正解はないが、できることから一歩ずつ進めることで、その場に応じた「最適解」を追求し続けることが重要なのだ。

 また表象の面に関して言えば、芸術家には困難な主題を扱う自由があると同時に、作品や文化事業は批評から免除されえない。とくに社会的に弱い立場に置かれてきた人々を描く場合、誰の視点で描いているのか、誰の身体や言語を作品のために用いているのか、そこにどのような力関係があるのかが問われる。批評は、作品の内容や技巧を評価するためだけにあるのではない。作品が誰に向けて開かれているのか、誰を置き去りにしているのかを問い直し、次の制作に反映するための手がかりにもなる。

 他者のことをすべて理解することは、誰にもできない。だからこそいま問われているのは、誰をどのように描くかだけではない。誰の視点で描くのか。誰とつくるのか。誰が観客としてアクセスできるのか。誰がその表象を批評できるのか。そして、その声が次の活動にどう反映されるのかである。異なる人たちが異なったままでともにいられる文化の場をつくり続けるために、何が必要なのか。その都度、最適解を見つけ歩んでいきながら、アートの公共性の在り方を考えていくことがいま、問われているのである。

*8──この点では、ろう者と聴者が協働して作品制作を行った際のプロセスを記述した以下の実践を参照することが大変有益であると考えられる。長島確・東彩織『ろう者と聴者が遭遇する舞台作品をつくるときに読むハンドブック』公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、2026年。
*9──ただし、当事者や専門家との関わり方について、あるひとりに障害当事者全体の代表性を負わせることはできない。同じ障害があったとしても、感じ方や考え方が様々であることは当然重要となる。

編集部