東京・青海の日本科学未来館で常設展示されている「ノーベルQ ―ノーベル賞受賞者たちからの問い」が9月6日よりリニューアル公開。多言語や日本手話での鑑賞に対応した映像などを追加することで、展示鑑賞へのアクセシビリティ強化を行った。手話映像の監修はろう者のクリエイター・今井ミカ(映画監督、映像クリエイター、株式会社サンドプラス代表)。
今回のリニューアルは、2021年4月に掲げたMiraikanビジョン2030「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」の実現に向けた取り組みのひとつ。その試みの第一歩として、28名のノーベル賞受賞者らが同館の来館者に向けて寄せられた「いつまでも考え続けてもらいたい問い」を紹介する、「ことば」をメインとした常設展示「ノーベルQ」を対象に、パネル展示に加えて日本語・英語・中国語・日本手話の映像を追加。「自然と多くの方が楽しめる」ことをコンセプトに、様々な言語文化を持つ鑑賞者が展示を楽しめるようにアクセシビリティの強化を図った。
注目ポイントは大きく分けて3つだ。例えば、日本手話の映像が映し出されたQのサイネージでは、展示の導入部として日本手話への対応が一目でわかることだろう。これは、ろう者が鑑賞体験へスムーズに入っていくためにも重要なきっかけなのだと今井は語る。
もうひとつは音声と日本手話映像が流れるモニターだ。ここでは、日本語に加えて英語、中国語の音声アナウンスにも対応しているほか、視覚に障害のある方でも楽しめるよう、点字プレートも設置されている。
映像設計にも注目したい。ろう者の持つ「ろう文化」において、「相手の顔を見る」ことは視覚的なコミュニケーションを行う際に重要なポイントとなる。そのため、シンプルかつ問いを投げかける受賞者の顔をはっきりと見せることを意識し、レイアウトされている。
また、聴者と同様の鑑賞体験やニュアンスを伝えられるよう、手話の表現内容のみならず、背景色や演者の衣装、表現スタイル(手話の終わり方を柔らかくし、問いというニュアンスを感じさせる等)など、受け手への伝わりやすさを重視し細やかにディレクションされている。
展示什器やフレームも改修ポイントのひとつだ。点字プレートや先ほどの手話映像へアクセスできるQRコードをそれぞれに設置していることはもちろん、プレートの触りやすい高さや位置、素材も普段点字を利用している視覚障害者の意見をもとに設計されている。
また、車いすユーザーにも対応できるよう、従来縦長であった展示パネルを横長かつ読みやすいレイアウトへと再設計。読む際の首の負担を軽減するための工夫がなされているのだという。
今回のリニューアルに際し、今井は次のように語った。「日本科学未来館の展示に日本手話の映像がつくことを大変嬉しく思う。字幕だけでは意図が読み取れないケースもあるため、(情報伝達として)不十分であった。今回制作した映像は、ろう者の文化にも沿うかたちで鑑賞ができるよう体験設計を行なっている。ろう学校ではかつて手話が禁止となっていた時代もあったが、このような試みは今後全国へと広げていきたい」。
内覧会と合わせて実施された今井による特別トークでは、ろう者のコミュニケーションのあり方や独自の文化についても知ることができる機会がメディア向けに設けられた。
このようなトークイベントや今回リニューアルされた展示設計のあり方は、ろう者や聴者などが互いに持つ異なる文化を理解するための大切な機会となる。今回の試みから、より発展させていくにはどのような課題があり、どのような工夫が必要になるのか。多くの人と共有し、考えるきっかけとなるだろう。