「理にかなった調整」としての合理的配慮
2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約。日本は2014年に批准)で定義された「合理的配慮」の日本語訳は以下のようなものである。
障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。(*6)
「配慮」という語感から、合理的配慮は、障害のある人に対して何かを 「してあげる」こと、あるいは善意や思いやりに基づく「特別な対応」のように受け取られやすい。しかし原文を読めばわかるように、「合理的配慮」は親切やサービスの問題ではなく、障害のある人が、ほかの人と同じように社会参加できるよう、参加を妨げている「社会的障壁」を取り除くための具体的な変更や調整のことを言う。英語では reasonable accommodation と表記し、直訳すれば「合理的な便宜」や「理にかなった調整」といった意味になる。
また、どちらかの都合だけで「合理的」かどうかを判断するのではないという点が大変重要である。障害のある人から出された要望をすべてそのまま実現しなければならない、ということではない。あくまで、障害のある人がどのような社会的障壁に困っているのか、何を実現したいのかを確認し、事業者側の条件や制約も共有したうえで、双方が対話しながら実現可能な方法を探る。そのプロセス全体が、合理的配慮の中心にある。
障害者権利条約を批准するにあたって、2013年に日本国内で制定、16年に施行された法律が「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、通称「障害者差別解消法」である。障害を理由とする不当な差別的取り扱いを禁止するとともに、合理的配慮を提供しないことも差別にあたりうるものとして位置づけている。この法律は2024年に改正され、民間事業者にも合理的配慮の提供が法的義務となった。
創造的なプロセスとしての「調整」
合理的配慮を考える際には、まず障壁がどこにあるのかを見極める必要がある。障壁というと、段差や階段、エレベーターの有無などの物理的なものを思い浮かべやすい。しかしアートの現場では、情報やコミュニケーションの障壁も大きい。例えば美術館や博物館では、展示解説が小さな文字だけで示されていること、映像展示に字幕がないこと、触れられる資料が用意されていないことなどが障壁になりうる。コンサートホールでは、曲目解説やアナウンスが音声中心であること、演奏中の情報を視覚的・触覚的に補う手段がないことなどが問題となる。舞台芸術では、音声のセリフにアクセスできないこと、字幕や音声ガイドの有無が事前にわからないこと、申込方法がわかりにくいことなどが、鑑賞を妨げる障壁となる。このプロセスは、たんに要望を受け入れるか拒むかではなく、当事者と事業者が目的と条件を共有しながら具体的な方法を探るものである(*7)。また、当事者から要望された方法を実現するのが難しい場合でも、事業者はその理由を説明し、代替手段を検討する必要がある。障害のある人にだけ我慢を求めたり、「今回は特別なので仕方がない」「前例がない」「手間がかかる」「作品の邪魔になる」と片づけたりすることも、合理的配慮の考え方とは異なる。
そのうえでもうひとつ、「過重な負担」でないかどうかがあわせて考慮される点も重要だ。実際にどのような合理的配慮を行うことができるかは、事業への影響、技術的・人的な実現可能性、費用、事業規模、財務状況などを踏まえ、個別具体的に判断されるべきである。
また、合理的配慮のプロセスは個別対応だけでは完結しない。毎回、障害のある人からの申し出によって初めて検討される状態では、鑑賞や参加の機会は不安定なままになる。そこで重要になるのが、不特定多数の利用者を想定して、あらかじめ環境や情報提供の方法を整えておく「事前的改善措置」である。合理的配慮が個々の人が具体的な場面で直面している障壁に応じて行われる調整であるのに対し、事前的改善措置はそもそも障壁が生じにくいように条件を整える取り組みである。
このように考えると、アートの現場における合理的配慮は、作品をどのような人に届けるのか、その人たちがどのように鑑賞できるのかを考えるうえで、制作の最初の段階から考えていくべき創造的なプロセスであり、作品が社会のなかで共有されるための条件を整え、結果的に芸術作品の在り方そのものにまで視野を広げるものである。
*6──外務省ウェブサイト「障害者の権利に関する条約」「第二条 定義」より抜粋。https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html
*7──具体的に美術館や劇場・音楽堂でのアクセシビリティの取り組みやポイントなどをまとめた書籍が近年複数出版されている。『障害と向き合う美術館 行けないが行けるに。みるからつくるに。』中西美穂・中川眞編著、今村遼佑・辻並麻由・服部正・福島尚子著、水曜社、2025年。南部充央『舞台情報設計 障害と表現をつなぐ空間デザイン』水曜社、2026年。



















