不可視化された存在を記述する
その象徴的な例が、展覧会の最終章で展示した、本展のもうひとりの主役作家・高﨑元尚によるパフォーマンス風景を捉えた映画《HEAVEN-6-BOX》(監督:大木裕之、1995)の抜粋だ。
1994年から95年にかけて撮影されたこの映画を本展に出品したのは、60年代の「前衛の時代」の後に高﨑が進んだ展開を紹介するという以上の意味があった。この映像には、高﨑の妻・佳恵の姿が記録されている。

映像の佳恵は、高﨑の指示を受けてレンガを運ぶといった、パフォーマンスに欠かせない重要な役割を果たしている。その姿は、彼女が日頃担ってきた労働やケアの存在を可視化すると同時に、広義での高﨑のオペレーションの一端を示すものだ。もちろん、作家の表現を支える妻という関係を、ただちに否定的なものとして捉えることはできないし、するべきではない。プライベートな関係性の内実は、当事者以外には計り難いものだ。実際に、かつての佳恵は、夫の制作の「お手伝い」をしてきたと楽しそうに語っていた(*4)。いっぽうで、作家たちの支え手として貢献した人々の不可視化だけは避けたかった。「彼らもいた。そして、彼女たちもまたいた」という事実を、なんらかのかたちで残したかったのだ。
英雄譚でも矮小化でもなく
最後に、本展の出発点にあった率直な認識について触れておきたい。筆者は「高知の前衛」展の出品作品を選定する段階で、出品作品の多くが、いわゆる美術史上のマスターピースとして自明の強度を備えているわけではないことにも気づいていた。浜口や高﨑は、確かに特筆すべき才覚を持ち、時代を乗りこなす行動力をもっていた。前衛土佐派に参加したほかの作家にしても、表現に荒削りな勢いはある。制作意図も理解できる。しかし、作品単体の造形的な完成度だけをもって評価するなら、必ずしも強い説得力をもつものばかりではない。少なくとも、60年以上前の高知に固有の歴史的・文化的文脈を知らずしての鑑賞は難しい──こうした実感と向き合うことが、本展の出発点だった。
だからこそ、事実を事実として扱いつつも、彼らが手掛がけた作品の何に光を当てるかをキュレーションのレベルで工夫しなければならなかった。「高知という一地域で生まれた前衛美術運動には勢いがあり、独自性があった」という結論ありきの物語にしないこと。不都合な事実から逃げないこと。これらを重視した。
ローカルな美術史を語り、問い直すにあたっては、残された表現の質を問うだけでは足りない。表現の奥にある、作家たちの「オペレーション」を見つめること。それこそが、彼らの活動の意義を今日的な視点から語るための鍵となる。
*4──「高﨑元尚・浜口富治と、その後の前衛をめぐる証言」所収「インタビュー1 高﨑佳恵」(同上、90頁)
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