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歴史のタペストリー ── ニューヨークとパリのストリートアート展から考える【8/9ページ】

ラメルジー:アルファベータ・シグマ(サイドA)(パレ・ド・トーキョー、2025年2月21日〜5月11日 / 6月12日〜9月7日)

「ラメルジー:アルファベータ・シグマ(サイドA)」展の展示風景
Photo ©︎LGSA by EIOS

 4月28日(日)──。帰国前日は、いよいよ今回の調査旅行のハイライトに足を向ける。パレ・ド・トーキョーで開催されているラメルジーの個展「アルファベータ・シグマ(サイドA)」である。担当キュレーターのヒューゴ・ヴィトラーニによると、本展では、これまで正当に認められてこなかったこの伝説的なアーティストの全貌を「MoMAやポンピドゥーセンターがやるような本格的なスケール」で紹介し、その評価を決定づけることが企図されている。

 会期は2025年2月〜5月と6月〜9月の2期からなり、さらにレコードのようにサイドAとサイドBを設けて、前者が本展、後者はボルドーの現代美術館CAPCで2026年3月12日〜9月20日に開催される。ラメルジー自身の芸術を掘り下げるサイドAに対して、サイドBでは、ラメルジーが影響を受けたものや、ラメルジーが影響を与えた次世代のアーティストなど、その影響関係をマッピングし、可視化することが狙いになっている。

「ラメルジー:アルファベータ・シグマ(サイドA)」展の展示風景
Photo ©︎LGSA by EIOS
「ラメルジー:アルファベータ・シグマ(サイドA)」展の展示風景。左の壁面には、1979〜82年に制作された大作ドローイング(ラリー・ガゴジアンとスペールストラが分割して所有)が展示され、右の壁面には本格的な年表が掲出されている
Photo ©︎LGSA by EIOS

 ヴィトラーニの案内に耳を傾けて本展を読み解いていくと、すでに神話化しつつあるその存在をめぐって、様々な符号が合い始める。例えばラメルジーは、ゴシック・フューチャリズムやアイコノクラスト・パンツァーリズムといった理論を提唱したが、そこで言及される中世カトリックの世界観は、彼とイタリアの関係に由来していた可能性がある(ラメルジーはイタリア系とアフリカ系アメリカ人の混血だった)。

 またヴィジュアルアートだけでなく、立体、音楽、パフォーマンスにまで拡張したその旺盛なクリエーションの原点にあるのはエアロゾル・ライティングの文化だが、本人はストリートでの活動をほとんどしたことがなかった。ヴィトラーニは「ラメルジーにとってエアロゾル・スプレーはどちらかというと着想源だった。もし彼の主要なメディウムを特定するなら、ドローイングだと思う。今回の展覧会は、ドローイングを軸にその実践が発展したアーティストを紹介していると読めるだろう」と述べている。

パレ・ド・トーキョーの地下には、オス・ジェメオスやJRなど、ヴィトラーニが非公式に招待したストリートアーティストの壁画がある
Photo ©︎LGSA by EIOS

 ラメルジーは、ストリートアートもしくはヒップホップの50年の歴史が生んだひとつの特異点であると言ってよい。同時代を生きたバスキアは、社会的コンテクストにおいてポストモダンの作家と位置づけられたが、その視覚言語は──ブラックピカソと揶揄されたように、またはデ・クーニングやトゥオンブリとの連続性が示唆するように──むしろモダニズムの変奏だった。ラメルジーの視覚言語や創作理論は、より直接的にポストモダン(あるいはその反転としてのプレモダン)の感性および環境に根差している。そして、そこから汲み上げた想像力を、誰よりも先鋭的かつ概念的なかたちで追求した。そのハードコアな深度は、モダニズム的な純化や内省のプロセスに相当するだろう。その意味でラメルジーこそ、エアロゾル・ライティングとモダニズムの交配を体現していると私は考えている。

 パレ・ド・トーキョーを離れて、最後にヴィトラーニが教えてくれたコーンブレッドの個展「ザ・レジェンド・オブ・レジェンズ  The Legend of Legends」へと急ぐ。休廊日なのはわかっていたが、外から少しでも展示の様子を見るためである。ニューヨークと同時期にフィラデルフィアでライティングを始めた最初のライターのひとりであるコーンブレッドことダリル・マックレイの名前は、ストリートアートの歴史を検証する機運が国際的に高まるにつれて、あらためて目にする機会が増えた。本展は個展だが、存命中の作家の現在形に対する関心だけでなく、オーラルヒストリー的なリサーチとしての意義が大きい。このように、個人へのフォーカスと歴史への眼差しが一体化する場面がしばしば観察されるのも、ストリートアートを取り巻く現状の特徴だろう。

ガラス越しに撮影した「ザ・レジェンド・オブ・レジェンズ」展の展示風景
Photo ©︎LGSA by EIOS