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歴史のタペストリー ── ニューヨークとパリのストリートアート展から考える【7/9ページ】

美術はストリートにある(オルセー美術館、2025年3月18日〜7月6日)

 4月27日(土)──。パリ2日目は、オルセー美術館で開催されている「美術はストリートにある Art is in the Street」展をじっくりと堪能する。タイトルこそ先述の「アート・イン・ザ・ストリーツ Art in the Streets」展(ロサンゼルス現代美術館、2011)に似ているが、展示されているのはこのテクストで扱ってきた「ストリートアート」ではなく、19世紀パリの路上を席巻したポスター芸術である。しかしその内容は、ストリートアートの視点からも多大なインスピレーションに満ちている。

 当時のパリは産業革命による近代化の渦中にあり、ライフスタイルも大きく変化し、ブルジョワの煌びやかな消費文化が花開いていた。ベルエポックと呼ばれた時代で、外食、ショッピング、観劇などが人気の娯楽となり、カフェ、デパート、劇場などが都市型エンターテインメントの空間として成熟していた。その刺激的なアーバンライフを飾りつける華として通行人の目を楽しませたのが、街角をにぎわす色とりどりのポスターである。

 その内容は様々だが、技巧を凝らしたタイポグラフィーのモダンな意匠や、列をなすダンサーたちの舞うようなシルエットは、都市景観に新たなリズムを刻んだだろう。その記憶はパリの深層に堆積し、約1世紀後の1980年代にニューヨークからエアロゾル・ライティングの波が押し寄せたとき、ふたたび呼び醒まされたに違いない。それほどふたつの風景はシンクロしているように思えるのである。

「美術はストリートにある」展の出品作のひとつ。4人のダンサーが織りなすリズムは、エアロゾル・ライティングのレターを思わせる
Photo ©︎LGSA by EIOS

 ポスター芸術は、近代パリにおいて消費文化の一翼を担った。だがそこには、ブルジョワと労働者の格差拡大というもうひとつの現実が横たわってもいた。実際そうしたポスターを貼っていたビルポスターズ(Bill posters、ポスター職人)と呼ばれた人々は、英国で最初に現れたサンドウィッチマン──看板を背負い、広告塔として路上に立つ職業──とともに、疎外された近代人の姿でもあった。やがて20世紀になると路上のポスターは、体制側にとってはプロパガンダの、民衆にとっては社会運動のメディアとなり、その役割を変えていく。パリ五月革命以降、現代のストリートアートにおいてポスターを用いた表現は、消費文化よりもアクティヴィズムの文脈と結びつく傾向が強いと言えるだろう。