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桑久保徹連載5:A Calendar for Painters Without Time Sense

アーティスト・桑久保徹による連載の第5回。2018年1月、小山登美夫ギャラリー(東京)での個展で発表された「カレンダーシリーズ」は、桑久保が尊敬する画家の生涯をひとつのキャンバスに込めて描いたシリーズ。美術史の中にいる多くの作家から、桑久保の選んだピカソ、フェルメール、アンソール、セザンヌ、スーラ、ゴッホの6人を表現した。この連載では、その制作にいたった経緯や葛藤、各作家との対話で見えてきた感情、制作中のエピソードが織り込まれた個展のためのステートメントを、全8回にわたってお届けする。今回は3月、フェルメールとの長い対話。

桑久保徹 ヨハネス・フェルメールのスタジオ 2016 181.8×227.3cm © Toru Kuwakubo, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

Permanence 6/
 3月、フェルメール。鉛筆で、キャンバスになるべく厳密に下書きを行う。どのように描くかは、ドローイングとパソコン作業によって、すでに固められている。
 真珠の耳飾りの少女。凝縮した小さな宝物のような佇まいの絵画。息を飲む少女と、息を飲む私。見る者の意識を一瞬、どこかへ運ぶ。
 フェルメールの真贋を含めた全37点、すべて描こうと思う。私の1枚で、全てを鑑賞出来るようにする。人類のささやかな夢を叶えよう。いや、遅れてきた文明人である日本人の私の夢か。
 私を含めた皆の脳内には、すでにこの偉大な画家の絵画イメージは刷り込まれている。正しく描かないと、脳内に描かれているイメージとズレが生じて、鑑賞に耐えられないものになってしまう。模写部分をなるべく精密に描くためには、背景部分の処理を適正に行わないといけない。この事は、以前の作業から、学習している。
 空は地図のようにしたい。黄色く輝く地図のようにならないか。鉛筆で、なるべくイメージに近づくように根気強く下書きを施す。鉛の黒が黄色に溶けて黄金色になるのを期待して、少し柔らかい鉛筆を使用。そこへ、ホルベインの新色ビスマスイエローと赤味を出すためのクロムイエローライト、暗い部分にマイメリのシナバーグリーンイエロウィッシュを使う。彩度のコントロールに白と黒を微量混ぜて、描く。細かい単位で色を切り替えることによって、等高線のような、地図的なものと雲の中間を狙う。振り向くと、1ヶ月半が経過する。

 ウルトラマンブルー、コバルトブルー、ターコイズブルーとセルリアンブルーの混色、それに白を加えて海を描く。空部分の色の切り替えが細かいので、海はあまり粘らず、大胆かつ的確に行いたい。青いグラデーションの色面。まあいい、このぐらいで。
 海の手前側、アトリエとなる地面部分には、オランダで見た牧場と、デルフトの風景を織り交ぜる。家具、調度品などを含めた当時のアトリエの資料はどこにも見当たらないから、スカーレット・ヨハンソンの映画を元にして描く。イーゼルやテーブルや椅子、モチーフや生活用品を鉛筆によって配置。模写する絵画部分も鉛筆で出来るだけ描いておく。マスキングテープで覆い隠し、大地は空のイエローと海のブルーの中間である、彩度の高いカドミウムグリーンを採用する。特徴的な白と黒の床のシチュエーションをランダムに配置。歪む空間を描いて、違和感のないよう立て直す。
 背景の土台部分を終えると、絵画部分。模写する。タッチを強調する描法を出来るだけ抑えてグラデーションを作るため、ポピーオイルで粘度を調節する。
 君は、とても几帳面な性格だね。潔癖な部分もあるかな。構図が厳格で、垂直と水平が基本。パースが生みだした斜めの直線の処理に苦しんでいるね。牛乳を注ぐ女なんて、人物の腕や顔と体の奥行きは、スフマートのボカす技術でなんなく処理しているけど、机が生み出す直線の奥行きがなんとも怪しい。一点透視法の不自然さに、直感的に気づいたようだね。白黒の床は二点透視法だものね。
 テーブルクロスや布、ベットの天蓋に使用されている赤をグリーンの補色として散らす。赤の彩度を茶で調節する。
 あと君は、あの格子の窓を使って描いてる。室内を厳密に写し取るために、デスケルみたいなのを使ったんだね。そういえば当時のオランダ、レンズ凄かったらしいじゃない。当時最先端でしょ? 顕微鏡作ったのも君の親友らしいじゃない。凄いね。屈折望遠鏡の発明もその頃? カメラオブスキュラ、役に立った?
 天秤を持つ女、天文学者、地理学者を描く。背景に現れる航海用の地図と地球儀の数々。理系の人と確信する。他のデルフトの画家と一線を画すのは、このポイントであると確信する。小路やデルフトの眺望には、この理系の感覚が発揮されないから、室内風景よりも凡庸に見える。音楽の稽古、リュートを調弦する女、合奏、ギターを弾く女、ヴァージナルの前に立つ女、座る女、座る若い女などを描く。音楽的な題材は多いが、どれも音楽は聴こえてこない。やはり、地図、地球儀などの入った理科的な絵の方が印象深い。
 レースを編む女や手紙を読む女、真珠の首飾りの女などを描く。どれも名品なので、気を抜くことが許されない。
 そして、この絵、真珠の耳飾りの少女だ。描く。おかしい。形も色も合っているのに、違う。私のプリンターとしての精度の低さを呪う。もう一度。ただ、これ以上失敗できない。粘り過ぎると、他とのギャップが生まれてしまう。本物の画像を見て、目の位置や輪郭線をミリ単位でズラす。厳密には正しくはない。だが、この方が脳内イメージには近い。というところで、止める。意識の鍵、なんのことか。奇妙なヴィジョン。バーニングマンが燃えている。

 バーニングマンの実験。素粒子を利用する仕組みを持った乱数発生器が、9.11や祭りなど、大規模な人の感情及び思念によって異常な数値を計測するというもの。話の流れとしては、人の意識が量子、素粒子に作用する力を持っていて、宇宙創生のビックバンのトリガーになったかも知れないという、ムー的な実験。
 オカルトにはあまり興味が無かった私だが、ここのところどうも様子がおかしい。唯物論的な人間だと思っていたが、観念論的な方向へ移行しつつあるようだ。事実、サイエンスzeroなんかの番組や、BS放送でやるBBCの科学特番を録画してしまっている。インターステラーを見たり、そのついでに2001年宇宙の旅なんかも見ちゃっている。こんなことになってしまった原因は、おそらく一人でずっと絵を描いているからだろう……。んあ? フェルメール? あるいは君か? もしかして君が原因なのか? ムーが止まらない。
 意識について考える。昨日の私と今日の私は、食物を摂取して排出しているために、細胞レベルでは別の個体だ。ただ脳はあまり細胞分裂が活発ではないために、私が私であると認識できるように働きかけることが出来る。脳によって、自意識が生み出される。昨日の私と今日の私が連続していることを促している。確かにその方が、生きるのに便利だ。

 意識には次元が無いという話し。脳によって作り出された意識は、自由に次元を行き来することが可能だという話し。アレキサンダー大王が遠征先のピラミッドで自分の人生を全て見てしまったという話し。走馬灯だ。意味がわからない。次元について調べる。意識には次元が無い、で検索する。
 4次元の説明。マジか。私結構4次元いたじゃんよ。
 そもそも次元とは場所ではなく、意識のレベルであり、その意識で体験できる経験のことです。次元は無数にあり、5次元を超えても、その先の次元へ向かうアセンションは続きます。
 それぞれの次元は、すぐ下の次元よりバイブレーションが高くなります。次元が高くなるほど、現実に対する認識がクリアで深くなり、より多くの自由、パワーを得ることが出来ます。
 3次元
 3次元とは一般的に物理次元と考えられますが、それは物体の世界だけを意味するのではありません。
 3次元も意識の状態です。とても限定的で、制限が多くなります。私たちはもう長いこと3次元に暮らしているので、これが唯一の現実だと思い込んでしまいがちですが、その時点で、私たちがどれほど限定的な考え方を強いられているかが分かります。
 3次元とは、頑固な信念と、不自由なルールの下で働くオペレーションシステムです。例えば、3次元では、固体同士は、お互いに合体したり、通り抜けたりすることは出来ないと考えます。すべては重力の影響を受け、物体は消失することなどなく、他の人の思考を読むことも出来ません。二元論に対する強い信念があり、ジャッジメントと恐れは至るところで生まれます。
 4次元
 4次元は、いわば3次元と5次元を結ぶブリッジであり、4次元を抜けていく中で、5次元への準備をします。
 実感のないまま、4次元を過ごしている人もいると思います。一般的に、喜び、愛、感謝を経験するとき、私たちは4次元の意識を経験していると言われます。またスピリチュアル・アウェイクニングや、ハートが開く経験をしている時の感覚、心が静かでクリアになっているときの感覚も同様です。4次元において、時間はもはや直線軸上にありません。絶え間ない現在の感覚があり、過去や未来には意識が行かなくなります。時間は柔軟であり、拡大・収縮することが可能だと分かります。
現実化は、4次元ではずっと早まります。考えただけで、素早く現実になります。自分の周りが軽くなったような、とてもゆったりしたフロウを感じます。
 5次元
 5次元とは愛の次元と言われ、完全にハートで生きる感覚です。
 5次元にシフトし、そこにとどまるためには、精神的・感情的な問題は全て解消しておく必要があります。恐れ、怒り、苦しみ、敵意、罪悪感などは、この次元には存在しません。思考をマスターすることが、この次元に入る上での必須条項です。
 5次元での現実化は、もはや瞬時です。考えた瞬間、それはそこにあります。人々はテレパシーでコミュニケーションし、人の感情や思考を簡単に読み取ることが出来ます。時間の感覚は、劇的に異なります。すべては、その場で起きると言う人もいます。過去・現在・未来の区別はありません。
 夢の中で5次元を訪れる人も多いでしょう。4次元から5次元に移行する中で生じる困難を、夢は解決してくれることもあります。

 検索結果をコピー&ペースト。このことがご本人に見つかれば、とんでもなく何か恐ろしいことが起こってしまうのだろうが、もう仕方がない。本当にすみません。覚悟しています。あなたは何次元にいますか。

 フェルメールの模写以外の部分。アトリエにある小道具も気を抜くことが出来ない。ここで解像度を下げると、ここまでの努力が無駄になってしまう。厳しいが仕方がない。私がやらない限り、この絵が終わることはない。
 ああやめて、もう。ムーが続く。シナプスが繋がってしまい、別の記憶を呼び起こす。
 BBC制作の映画。タイトルはもう思い出せない。ヒッグス粒子にまつわるドキュメント映画。スーパーコンピュータの発達、ニュートリノ観測技術の発達によって、宇宙は摂理系か、カオス系か、の結果が出るまでの話し。
 摂理系を信じる研究者がほとんど。それはそうだ。摂理がなければ、宇宙に秩序がなければ、研究する意義が根こそぎ奪われる可能性がある。対して、カオス系を信じる少数派の研究者達。彼らの方が比較的若い。彼らもまた、摂理を信じたい思いは当然あるが、これまでの検証をもとに科学者の曇りのない目で見ると、カオスであると思う他ないという、矛盾した感情を抱いている。茶色い毛玉の目立つニットにクルクルの巻き毛、それと丸縁眼鏡が、くたびれた表情を助長している。
 映画の進行は主に、この2つの相反する主張を軸に展開される。途中に差し挟まれる、難解なアルファベットと数字の羅列、引用される科学用語。意味が全くわからない。
 とにかくスーパーコンピューターで算出された値が1.1くらいだとカオスで、1.4くらいだと摂理、そんな感じだったと思う。(具体的な数値を全く覚えていない為、申し訳ないが適当な数字で書いている。)スーパーコンピューターが、超高速で計算し続けている。
 なんやかやあって、結論の日。大学の大講義室のような会場が映し出される。先生、急ぎますよお!おう今ジャケット着ていくわい…先生、ミシェルが先に行って席取ってくれてますから早く!の映像。抽選で漏れた世界中の研究者達が、パソコンモニターのUstream配信を眺めている。あと数時間で、どちらかの主張が破綻する。どちらかのこれまでの人生が意味の無いものになる。
 始まる。始めの挨拶。会場となった研究所の責任者のブロンドの理知的な女性。続けて、これもまた理知的な男性。この研究の意義と仕組みについて。今日出される数値は、精度が高いことを伝える。つまり、ほぼ間違いないという確認。続けてゲスト紹介。ヒッグス粒子発見によって、アングレール氏とともにノーベル賞を取ったヒッグス氏~! ワー! パチパチパチパチ、スタンディングオベーション。両手を掲げてそれに答える科学者でしかあり得ないお爺さん。
 まず1つ目の研究所の発表から。(具体的な数値を全く覚えていない為、申し訳ないが適当な数字で書く。)数値…1.26!わー!どよどよどよどよ。世界中のどよめきをカメラークルーは捉える。
 次に2つ目の研究所の発表。世界中の研究者達が、パソコンのモニターを固唾を呑んで見守っている。
数値……1.259!わー!どよどよどよどよ……。世界中の研究者全員の顔が曇る。続いて苦笑い。数値は、2つのほぼど真ん中。摂理とカオスのど真ん中。クルクル巻き毛の若い研究者が言う。神は、いる。

 君とはたまにお茶をするくらいの関係がいい。もっと親しくなれればとは思うのだけれど、君は理知的だから、きっと私といても面白くないよ。最新のCPUを搭載したパソコンやAI搭載製品なんかに、私はどうしても興味が持てないんだ。私はどうしても情緒的になるし、懐古趣味的なものに弱いんだ。今だにLED電球を買うことだって出来ないんだよ。でも、たまには連絡を取り合って、お茶でも。タイミングが合えば、昼間、お茶でもして、君のその理系の話しを聞かせてくれたら嬉しいよ。でも、アダプターコードプラグの違いについての話しとかは無しで。
 デルフトの眺望の額縁がなかなか決まらない。ここさえ抑え込めれば、この絵をもう終えることが出来る。
 
 あ、それともう一つ。真珠の耳飾りの少女さ。あれ、意識の次元を変える鍵になってるわ。

Transition 7/
 暑い。すでに6月下旬だ。フェルメールに4ヶ月半か……もういいや。特にサボってるわけでもないしな……。かかるんだよもう。知らねえよほんとによ。
 GSWが2連覇を逃してから、すでに2ヶ月が経過している。憎っくきキャバリアーズ。憎っくきレブロン! おめでとう!
優勝決定戦がオークランドのオラクルアリーナで行われているちょうどその頃、私は関さんと六甲山にあるロープウェーのゴンドラの中にいる。せめてもと思いかぶって行った、ゴールデンゲートブリッジマークのキャップ。頑張れカリー! 頑張れ、ゴールデン・ステート・ウォリアーズ!
 今となっては、私の応援も虚しい。
 ロープウェーが山頂に到着する。見晴らし台からは、神戸の街と神戸製鋼の工場の様子を見渡すことが出来る。
私はこの神戸の山奥で、8月から1ヶ月半の間、滞在制作をする。の下見。
宿泊する山荘を確認し、スタジオとなる元ジンギスカン屋の建物を確認する。必要な道具を想像し、描くのに必要な調度品を想像する。はい、わかりました、だいたい。ロープウェーで再び下山。日帰りプラン。ゴンドラ、黄昏れ時の神戸を眼下に望む。あれは三ノ宮、あれはあべのハルカスかしらん? 優勝を危惧する黄昏れる私。速報をスマホで調べるような野暮なことを私は決してしない。
 須磨の海は、私が初めて溺れた海だ。親戚の家の夏休み。私はそこが大好きだった。今でも。先ほどのカンツリーハウスのスタジオから見えた眺めは、7月のカレンダーに使えそうであった。広く青々とした芝生と、池にはペダルボート。昭和62年開設のレジャー施設の空気感。7月はスーラ。帰りの新幹線、目を閉じて、座席の感触も忘れて。
 須磨の昔の写真と、下見の際に撮っておいた写真をもとにドローイング。をもとにパソコンでイメージを作り込む。を今度はカーボン紙でキャンバスに転写。フェルメールで学んだ。鉛筆で頑張って目で写すのと、カーボン紙で転写するのはそこまで違いがない、と! おそらく! 時間短縮。略して時短。
 8月1日のスタジオ一時お引越しまであと僅か。それまでに下書きを終えるよう時短時短。時短の合間を縫って、大量のダンボール箱にこのアトリエの備品の殆ど全てを詰め込む。全面的な移動。六甲にこの空間をそのままごっそりテレポーテーションさせる。という壮大な計画。の為の準備。つまり荷造り。
 テレポーテーション準備の為にガムテープを貼っていると、携帯が鳴る。夕子さんからだ。8月1日の昼に……はあ……台湾……はあ……ギャラリスト……はあ……打ち合わせですね、了解しました。
 昼打ち合わせ後、夜テレポーテーション。

profile

くわくぼ・とおる

アーティスト。1978年神奈川県生まれ。“絵を描く”という方法で、現代美術に立ち向かうためのやり方として、自分の中に架空の画家を見いだすという演劇的アプローチで制作活動を開始。あえていまや古典的とも言えるゴッホのような油絵具の厚塗り技法を用い、現代的心象風景を物語性豊かに描く独自の世界は、国内外で高い評価を受けている。本連載は、2018年1月20日〜2月17日にかけて、小山登美夫ギャラリー(東京)で開催された個展「A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8」のための、作家によるステートメントとして書かれた。

information

桑久保徹「A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8」展

会期:1月20日〜2月17日(終了)
会場:小山登美夫ギャラリー
本展は、これまで桑久保が取り組んできた「自分の中に架空の画家を見出す」というアプローチから派生した、「カレンダーシリーズ」を発表。ひとつのキャンバスのなかに画家の生涯を描くもので、2014年から約3年の歳月をかけて6ヶ月分を制作した。また、音楽家の日高理樹がそれぞれの画家をテーマとした音楽を制作。同ギャラリーのウェブサイトで試聴することができる。

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