『哲学以後の芸術とその後 ジョゼフ・コスース著作集成 1966-1990』

ガブリエレ・グエルチョ=編
鍵谷怜=訳
水声社 8000円+税
1960年代の現代美術界を担ったのが理論派の美術家たちだったとしたら、間違いなくジョゼフ・コスースはその第一人者だ。専門誌などへの寄稿だけでなく雑誌の編集、発刊に携わるなど、旺盛な執筆活動でコンセプチュアル・アートの理論の礎をつくり上げた。その著作をまとめて読むと、芸術の成立基盤を「概念」に求めたコスースが人類学に関心を移した理由や、社会の責任主体としての芸術家像を見据えた大局観が掴めてくる。徹底して分析的命題としての芸術に取り組むラディカリズムは、まさにコンセプチュアル・アートの極北といえるだろう。(中島)
『美学における居心地の悪さ』

ジャック・ランシエール=著
松葉祥一、椎名亮輔=訳
インスクリプト 3000円+税
近年の美術批評でもっとも広く参照される理論家のひとりが執筆した美学論の邦訳。2000年代当時にまん延していた美学への嫌悪を背景に、リオタール、ブリオー、バディウらによる1980~90年代のフランス美学・芸術論に対する応答を展開し、芸術と政治を結ぶ紐帯としての美学を問う。著者の理論の根幹をなす、芸術の「体制」に関する概説のひとつが収められているのも本書。芸術を「感性的なものの分有」の再編成と捉える視点は、今日の状況を考えるうえでもなお多くの示唆を与える。訳注が丁寧で、フランス語圏の文化的背景に不案内な読者にも手に取りやすい。(青木)
『未完の人生 ハンス・ウルリッヒ・オブリストは語る』

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト=著
北代美和子=訳
草思社 3000円+税
稀代のキュレーターが好奇心の赴くままに駆け抜けた半生を語る。その思想の萌芽と行動力は、多言語学習に関心をもっていた少年時代、そして「キュレーター」を名乗る前から始めていた青年期のアーティスト訪問にすでに現れていたようだ。時代とともに変わるインタビューの手法、名立たるアーティストたちとの交流、企画展の着想の源となった出来事など、普段の仕事では明かされない舞台裏のエピソードが楽しい。疾走感あふれるフランクな語りのなかにオブリストのキュレーション観が凝縮されている。(中島)
『においの芸術 嗅覚の美学とアートへの招待』

ラリー・シャイナー=著
楠尚子=訳
晃洋書房 3200円+税
視覚や聴覚に比べて論じられることが少なく、動物的反応であるがゆえに美的判断の対象外と見做されがちだった嗅覚。しかし、嗅覚に訴えかける文化芸術の系譜というのは確かに存在し、学術研究の分野でも熱心に研究されてきた。現代美術家による「嗅覚アート」をはじめ、複雑な構造をもち、芸術作品とも評される香水、詩や小説における「香り」の言語化など、人類が叡智を尽くし趣向を凝らしてきた「におい」の歴史を紹介。目に見えずかたちもない「におい」が作品として成立する条件について、思索を促される。(中島)
『ドキュメンタリー写真を発明し直す リアリズムと集団制作の系譜』

田尻歩=著
よはく舎 3800円+税
写真を用いたドキュメンタリーの実践を論じる著作。複数の主題が交錯する構成ゆえに、全体の論旨はやや捉えがたい。アラン・セクーラ、マーサ・ロスラー、中平卓馬を扱う第1部は、批評文の精読に徹する著者の態度が光るからこそ、三者を相互に比較する視点の導入が望まれる。また、第2部で展開される集団制作の事例研究は、新たな知見を提供するいっぽう、リアリズムをめぐる本書の議論が、どこか横滑りしていくように感じられる。本書の示唆するドキュメンタリー写真の「系譜」が、著者の手によって今後さらに掘り下げられていくことを期待する。(青木)
『当事場をつくる ケアと表現が交わるところ』

アサダワタル=著晶文社 2000円+税
クリエイティブマガジン『こここ』での連載をまとめた体験エッセイ。障害福祉に長く携わる著者が、支援の現場で出会った表現者たちとの出来事をリズミカルな筆致で綴る。支援者としての自らの立場性を内省しつつ、障害当事者の表現とふれ合う著者の姿勢は、第2章の「同志」という言葉にも象徴される。他方、身近で起きた性暴力と、周囲の反応を記録する第5章からは、その場に居合わせたひとりの「当事者」としての反省と思索が読み取れる。「思いやり」や「優しさ」をわずかに踏み越えた先にある、他者との対話の「場」を追い求めた行動と思考の記録。(青木)
『風の目たち/ The Eyes of the Wind Pocket Tour Book 2022-2024』

吉田山=著
Floating Alps 3000円+税
2022~24年にジョージア、日本など5ヶ国を跨いで開催された移動型アートプロジェクト「風の目たち」。企画はキュレーター/アーティストの吉田山。参加アーティストによる5センチ四方に収まる作品群を、それぞれの「目」に見立て様々な土地の「窓辺」に設置。それらの作品、設置エリアの示された地図、映像を見ることのできるAR機能などで構成された本書は、読者が本という「窓辺」で新しい「目」となり、作品と旅を追体験できる実験的な一冊。(編集部)
『トビリシより愛を込めて』

庄司朝美=著
oar press 3500円+税
2022年2月28日、ロシアによるウクライナ侵攻から4日後に、隣国ジョージアの首都トビリシに到着した画家による1年間の滞在記。異邦人としての身体を複雑な歴史を抱えるこの土地に投げ出し、人々の声に耳を傾ける。そのなかで紡がれた言葉とドローイング、写真が一冊に。この体験が庄司のなかで根を下ろし、長い時間をかけて表現として浮かび上がってくる予感に満ちている。(編集部)
(『美術手帖』2026年1月号、「BOOK」より)





























