加藤好弘を演じ切った加藤好弘
この本を手に取ったとして、果たして読み通すことができる人はいるだろうか。ひたすら猥褻で、全能感に満ちたハッタリと虚言を吐き散らす悪文は、意味を読み取ることさえ困難だろう。ぼくもまた、読み飛ばしただけだ。しかしそれでもなお、そこに確かにあの「加藤好弘」の生々しい息遣いを実感することができたのは、ぼくがゼロ次元の「儀式」を生で観たことがあり、その時代(儀式以降ではなく)の加藤と直接会ったことがある最後の世代だからかもしれない。と同時に思う。社会の分断が固定化し、悲惨な戦争が続き、息苦しく未来の見えないいま、加藤のようなアナーキーで狂気ともいえるアジテーションが、どこか遠くからではあっても読者の心に響くかもしれないと。本書は『反万博の思想』と題されているけれど、加藤には「万博」に「反」を唱える意識など(少なくとも政治的には)欠片もなかったはずだ。彼はただ、万博以前からそうだったように、時代を支配する制度や潮流や、それに呑み込まれる大衆の無意識を嫌悪する攪乱者だっただけだ。
1970年の大阪万博は、あの時代のすべてを象徴するイベントだった。現在の大阪・関西万博の来場者目標は2820万人だが、70年万博の来場者は6421万人。いまの万博には70年の熱狂もなければ「反」も「破壊」もない。1970年前後は世界的に時代の分岐点だった。戦後の高度成長と同時に、それをもたらした「近代」というパラダイム自体の矛盾が様々なかたちで露呈し始め、1968年パリ五月革命、アメリカのベトナム反戦やヒッピームーブメント、世界の各国での学生叛乱。日本でも全共闘運動、70年安保粉砕、ベトナム反戦、そして反万博へとつながった。万博は人々の目をあらゆる矛盾から覆い隠すための、政治的装置でもあったから。しかし70年の安保と万博が過ぎると、「反」や「名付けようもない表現」に固執し、世界内存在として居場所を失ったものたちはセクト化し、内ゲバや粛清、宗教やドラッグカルチャーなどのコミューンに行き着いてしまった。加藤もまたハレー・クリシュナに傾倒していった。ぼくはその世代の末端につながりながら、そんな彼らを(政治的にも芸術的にも)批判し続けていた。そして70年代が始まった。
と、ここまで述べてきたが、もうひとつ、ウェブ上の「日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ」で加藤の回を覗いてみる。そこでの彼はじつは狂気とはほど遠く、大変な読書家で理知的な戦略家でもあり、「反万博」も注目されるから選んだ場にすぎなかった、と読める。加藤好弘は加藤好弘を見事に演じ切っていたのだ(どちらも演技か)。そのうえで改めて本書を見返すと、なんとも味わい深く、痛快でもある。
(『美術手帖』2025年10月号、「BOOK」より)





















