アート作品を購入したものの、後になって売主が権限のない無権利者であったと判明したとする。買主は有効に作品の所有権を取得できるのか。それとも、真の所有者が作品の返還を求められるのか。この連載でも「略奪美術品は必ず返還されなければならないのか?法域で異なる返還請求の行方」(2023年4月15日)で紹介したように、じつは国(法域)によって真の所有者の保護を重視するか、取引の安全を重視するかは異なる。今回は、日本、英国、香港の3つの法域における取り扱いを解説する。
日本の場合:買主を保護する即時取得
まず、日本では、即時取得の制度がある(*1)。即時取得とは、無権利者から動産の引渡しを受けた者が、平穏・公然と、善意・無過失で取引した場合に、その動産の所有権を即時に取得できる制度である。作品も動産であるから、原則としてこのルールが適用される。
つまり、日本の買主は、「売主に処分権限がないことを知らず、知らなかったことに過失もなかった」と認められれば、たとえ売主が無権利者であっても、作品の所有権を取得できる。取引の安全(買主の保護)を重視するアプローチである。
ただし、作品が盗品又は遺失物である場合、被害者又は遺失主は、盗難又は遺失のときから2年間はその作品を占有している買主に対して回復を請求できる(*2)。また、買主が競売、公の市場や同種の物を販売する商人から善意で購入した場合は、被害者等は占有者に対して代価を弁償しなければ作品を回復できない(*3)。
即時取得に関しては、占有者の平穏、公然、善意、無過失が推定される(*4)。つまり、即時取得を争う真の所有者が、占有者、つまり、作品を実際に持っている人に過失があったことを立証しなければいけない。そのため、過失があったことの立証がポイントになる。
「過失」は法律用語だが、平易に言えば、注意義務に違反したことを意味する。ここでの注意義務は、前主に有効な権限があるかの調査確認義務である。そして、裁判例の傾向としては、調査確認義務が発生する場面について、(1)前主の権利の調査確認に関わる一般的な商慣習や取引慣行が存在し、取得者がそれを認識し又は認識し得た場合、(2)前主に具体的な不審事由がある場合と分析されている(*5)。条文を読むだけでは、即時取得が成立する場面と成立しない場面の境界線は見えにくい。アート関連の取引で即時取得の成否が争われた3つの裁判例の事実関係を見てみよう。
*1──民法192条。
*2──民法193条。
*3──民法194条。なお、古物商や質屋が作品を占有している場合、盗難のときから1年間、真の所有者は、代価の支払いなく返還請求をすることができる(古物営業法20条、質屋営業法22条)。
*4──民法186条1項、同法188条。
*5──小粥太郎編『新注釈民法(5)』(有斐閣、2020)253頁以下〔野田恵司〕。






















