菅井汲の絵画をもっと知るためのキーワード5つ【2/2ページ】

KEYWORD 3:カドミウム・レッド

明快さを追求した色彩

 1960年代以降、菅井はより洗練された絵画形式を推し進めた。その作品は、エルズワース・ケリー、ユリエ・クニファー(*2)、阿部展也、ドナルド・ジャッドらのミニマルな作品群と国際的な同時代性をもつ。ジャッドは、作品がより強く、明快、クリアかつダイレクトでパワフルであることを追究したが、同様の資質は菅井の作品にも見られる。ジャッドはカドミウム・レッドを好んだ。それは、この色彩が形態の形状と輪郭をもっとも明確かつ直裁に伝える色彩であると考えたからである。同じくカドミウム・レッドなどの原色、黒と白のストライプなどを多用する菅井の作品は、瞬時に認識可能な明確さ、明快さをもつ。こうした造形は、不必要なもの、余計なものを徹底的に切り捨てることによって現れる、もっとも単純な形態へと還元された標章であり標識である。以下の発言において菅井が言うように、原色への還元もまた、道路標識への接近を示す。

私が行っていることを定義できる言葉はありません。私の絵は、道路標識と似たところがあります。私にとって道路標識とは、即時の、完璧なコミュニケーションのためのモデルなのです。高速道路において、国籍や文化に関係なく、標識はどんなドライバーにも瞬時に理解できる明確なメッセージを伝えます。同じように、現代物理学で定義されるそれ以上分割不可能な要素のように、私はもっともダイレクトな要素だけを使いたいのです。それが、私が基本的な原色だけを用いる理由です。(*3)
菅井汲《Rouge de Cadmium11. 12(カドミウム・レッド11. 12)》(1992)キャンバスにアクリル絵具 250×264cm 広島県立美術館

KEYWORD 4:回転

機能性と速度を宿した絵画

 菅井の絵画では、同一形態が角度を変え、別方向に倒されながら連結される形式が繰り返し描かれる。それは、絵画に回転(旋回)運動をもたらす。ゆえに、それらの絵画は、唯一の正しい位置というものがなく、上下を反転させても機能する、と感じさせる。実際、菅井は一部の彼の作品について、固定された正位置はなく、回転させても機能すると考えていた。菅井の絵画において、形態は移動し運動する。それは、個々の形態が、具体的な機能的な連関をもって連結するということでもある。菅井は言う。「私は以下のような絵画制作を試みたい、1.人間精神の緊張感、つまり、我々自身の全人間的な緊張感と、正確に計算された機械の動きを統合させること」(*4)。菅井は、絵画をポルシェのような具体的な機能性と速度をもつ構造体へと変換することを志向していた。

菅井汲《VARIATION》(1978-79)キャンバスにアクリル絵具 200×200cm 南天子画廊

KEYWORD 5:S

都市空間と共鳴する絵画

 菅井の作品には、彼のイニシャルである「S」の字を思わせる形態が頻出する。それは同時に、S字カーブを描く道路やレーシングサーキットの記号=標識でもある。道路は、菅井がフランス語で高速道路を意味する「オートルート」シリーズを1962年から開始して以来、重要な指標となった。69年に菅井は、今後は、額縁のなかに収まる絵画ではなく、都市や建築とともにあるモニュメンタルな仕事だけをやりたい、と語っている(*5)。その発言は、菅井がSの字においてすでに道路を描いていたことと関係している。菅井は、絵画をより機能的なものにすること、公共的なものにすることを志向していた。実際、菅井は60年代後半から、公共的な空間での壁画制作など、大型作品の設置に関心を寄せていくことになる。それは、彼が「オートルート」シリーズの開始とともに、道路標識と類似する、明快な色彩と幾何学的な形態からなる絵画をすでに描いていたことと並行している。絵画は、建築や道路などのインフラストラクチャーやメガストラクチャーと融合する。その意味で菅井の実践は、同時代の絵画以上に、磯崎新が設計した「富士見カントリー倶楽部」(1973-74)「北九州市立中央図書館」(1974)の管状の長細いヴォールトの構造と共鳴している。

菅井汲《Septembre》(1987)キャンバスにアクリル絵具 197×197cm 南天子画廊

*2──2025年4月には、galerie frank elbazと南天子画廊の共催展「断続する線:ユリエ・クニファーと菅井汲」(BONDED GALLERY、2025年4月10日~29日)が開催された。本展にあわせて、沢山は論考を寄せている。
*3──Interview with Kumi Sugai, “Painting the void,” pp.29-30.
*4──Morita, Iida, Sugaï, Galeie Brusberg, 1965. 『菅井汲展』東京都現代美術館編、菅井汲展実行委員会、2000年、206頁に再録。
*5──『菅井汲展』、209頁。

編集部