
カーブを描く通り道にある壁の空間には、中田真裕の壁掛けの絵画風の作品2点と壺のような作品1点がシンプルに展示されている(Fig. 12)。東南アジアから伝来し、近代の讃岐漆器で発展を遂げた蒟醤(きんま)という技法を駆使し、何十層もの漆を重ね、彫りと研ぎを繰り返しながら制作されている。《サンダークラウド》という題名の直線的な壺は、中田が好む、金沢の冬特有の「ブリ起こし」と呼ばれる恐怖の雷の表現だという。深い濃紺の上にはベージュの油滴のような模様が散っている。
壁掛けの丸い窪みのある作品《ミラージュ》(Fig. 13)では、中田のトレードマークともいえる独特な黄土色の背景に奥行きの違いのあるたくさんの線が見えてくる。中央には水平に真紅の線が立ち上がっている。深海や空の奥行きを思わせるその表面は、たんなる装飾ではなく、時間と記憶の蓄積そのものである。漆は湿度や光によって見え方が変化し、見る側にも長い時間を要求する素材である。アジアにしかない漆という素材のグローバルな共通言語を見つけるのは難しい。「ラッカー(lacquer)」という英語は、西洋近代が「表面/深さ」を二項対立的に捉える薄っぺらい表面を想起させる。グレン・アダムソン、ヴィクトリア・ケリーらデザイン史家たちによる「Surface Tensions (表面の緊張)」は、そのような二項対立を批判し、ほかの見方に価値を見出そうとする試みである(*18)。漆は両者を同時に成立させる素材として、新しい評価の物差しが提示できる大きな可能性をもっている。

「In Minor Keys」と響き合う「工芸」
今回のヴェネチア・ビエンナーレの全体テーマは「短調で(In Minor Keys)」である。そこには、近代が周縁化してきたものを拾い出す狙いがあるわけだが、まさに、本展が再評価しようとする素材・身体・装飾・時間の問題を含んでいる。彫る・編む・吹く・刺す・結ぶ・塗る・重ねるといった身体を通しての行為の蓄積は、効率と速度を追い求める現代社会の奔流への静かな抵抗でもある。それらを工芸の価値へと置換する作業は本当に難しいが、これまで「GO FOR KOGEI」が丹念に積み上げてきた成果が強く感じられる展示となっていた。駆け足で参観するのが通例となっているヴェネチア・ビエンナーレの祭典をゆっくり見よというのは贅沢な要求だが、本展はそこでブレーキをかけ、人間としての身体感覚を研ぎ澄まそうと呼びかけている。展覧会をゆっくり見終わったら、アペロルのグラスをラグーンと青空にかざしてちょっと一息深呼吸してほしい。
*1──「GO FOR KOGEIプレスリリース」2026.05.05、3頁。
*2──秋元雄史「『工芸未来派』の背景となる考え方―今なぜ工芸の現代美術化が必要なのか?」、『工芸未来派』、金沢21世紀美術館、2012。
*3──Glenn Adamson, Thinking Through Craft, Oxford and New York: Berg, 2007, p. 6.
*4──Grayson Perry, ‘A Refuge for Artists who Play it Safe’, The Guardian, 5 Mar 2005. (https://www.theguardian.com/artanddesign/2005/mar/05/art?utm_source=chatgpt.com).
*5──Anna Clayvourne and Pham Qung Phuc, Dragon Atlas, London: Laurence King, 2024.
*6──秋元雄史2012、13頁。
*7──David Stent, “Blue-Slipped Stone-Burst” – Seeing Destructive Plasticity in Takuro Kuwata, The Journal of Modern Craft, 14-1 (2021), pp. 43–56.
*8──綿結メール、2026年5月23日。
*9──関島寿子『バスケタリーの定式:かごのかたち自由自在』、平凡社、2024(改訂版)。
*10──https://www.royalacademy.org.uk/exhibition/mrinalini-mukherjee
*11──https://www.theguardian.com/artanddesign/2025/oct/28/a-story-of-south-asian-art-review-royal-academy-london-mrinalini-mukherjee
*12──牟田陽日メール、2026年5月21日。
*13──三島由紀夫「『エロチシズム』―ジョルジュ・バタイユ著、室淳介訳」、『決定版 三島由紀夫全集』、31巻、新潮社、2003、414-5頁。
*14──「時を超えて混ざり合う布と糸。 『第11回shiseido art egg』 沖潤子インタビュー」、ウェブ版「美術手帖」、2017年6月28日。(https://bijutsutecho.com/magazine/interview/promotion/5371)
*15──Rozsika Parker, The Subversive Stitch: Embroidery and the Making of the Feminine, London: I.B. Tauris, 2010 (1984); Julia Bryan-Wilson, Fray: Art and Textile Politics, University of Chicago Press, 2017; Wells Fray-Smith, Lotte Johnson and Amanda Pinatih eds., Unravel, London: Barbican Art Gallery, 2024.
*16─Lidia D. Sciama and Joanne B. Eicher eds., Beads and bead makers : gender, material culture, and meaning, Oxford [England] ; New York : Berg, 1998; ‘From culture to currency: glass beads and the transatlantic slave trade’ ( https://www.vam.ac.uk/articles/from-culture-to-currency-glass-beads-and-the-transatlantic-slave-trade?utm_source=chatgpt.com)
*17──Carmen L. Robertson, Judy Anderson, Katherine Boyer eds., Bead Talk: Indigenous Knowledge and Aesthetics from the Flatlands, Manitoba, Canada: University of Manitoba Press, 2024.
*18──Glenn Adamson and Victoria Kelly eds., Surface Tensions: surface, finish and the meaning of objects, Manchester University Press, 2013.



















