KEYWORD 1:「女」とは何か
「女」とは何か。1960年代半ばから70年代にかけて、フェミニズム的な視座を持って制作されたアート作品の多くは、「女」の構築性に様々な方法で批評的なメスを入れている。フェミニスト哲学者のモニク・ウィティッグ(1935〜2003)は1976年に、「セックスとは、政治的カテゴリーである」と指摘したが(*1)、視覚芸術/文化の領域においても、セックス/ジェンダーが政治的に構築された規範として、いかに抑圧的に機能しているかを問う実践が多くなされた。とくに1960年代半ば以降、普及の広まったビデオは、既存の表現方法や秩序に縛られない撹乱可能性を内包した新しい道具として、女性やクィアを含む周縁化されてきたアーティストやアクティヴィストたちに迎えられた。

男女二元論と強制的異性愛にもとづいたジェンダー規範の反復的な引用を通じて、ジェンダー/セックスが構築されることを論じたジュディス・バトラー(1956〜)の『ジェンダー・トラブル』(*2)が刊行されたのは1990年である。しかし、「女」の構築性とジェンダー規範の反復的引用の密接な関係性についてのラディカルな批評は、1960年代から70年代(あるいはそれ以前)の視覚表現に既にみて取ることができる。
KEYWORD 2:「不気味なもの」としての「家庭」
1950年代以降、テレビをはじめとした視覚的なマスメディアが広く普及した。そこでは、(再)生産性を重んじる家父長制的資本主義国家体制と手をとるように、異性愛者の「再生産」を伴う「結婚」および「家庭」が「幸せのかたち」として発信された(*3)。その支配的な物語に抗うように、多くのアート作品がそこにノイズを伴って疑義を投じた。
例えば、マーサ・ロスラー(1943〜)の《キッチンの記号論》(1975)は、主婦向けに放映されていた料理番組のパロディであるが、料理のデモンストレーションは一切行われない。代わりに展開されるのは、攻撃的な動きを伴ったAからZのアルファベット順でのキッチン用品の紹介である。ロスラーは、終始「真顔」を貫き、主婦に求められる「笑顔」や「生産性」「効率性」といった行動規範を破り、むしろそれらに逆行することで、家父長制からの期待を裏切る。このロスラーの対抗的な身振りは、「幸せのかたち」としての「家庭」を再文脈化し、それを「不気味なもの」として再提示する(*4)。

「家庭」の「不気味さ」の再演は、つねに自身を監視・統治する自らの「目」を家の各場所に置かれるテレビ・モニターに映し出した出光真子の《主婦の一日》(1977)にも見てとることができるだろう。そこには、セックス/ジェンダーに関する規範から逸脱すると、途端に排除の対象となりうる強迫的な社会の統制的秩序が示されているようだ。
KEYWORD 3:差別的言説の差し戻し
しかし、上述のような「主婦」の地位は誰もが得られたわけではない(*5)。ハワルディナ・ピンデル(1943〜)の《フリー、ホワイト& 21》(1980)は、アメリカ社会においてピンデルと彼女の母がブラックの女性として晒されてきた複合的な差別を語るビデオ作品である。多くのブラックの女性や社会的に下層に位置付けられた人々は、生きるためには賃労働に従事しなくてはならず、しかしまた、差別により自由に就学・就労することが困難な状況に置かれていた。
ピンデルは、そんな「自由の国」アメリカの欺瞞──つまり、有色の人々や周縁化された人々を棄却、搾取することで成立する「自由」──を提示した。タイトルの「フリー、ホワイト& 21」とは、古典的ハリウッド映画において、白人女性の俳優の常套句的セリフとして用いられた「誰にも縛られない自由」(直訳は「白人の自由な21才」)を意味する言葉である。無邪気に用いられるその言葉は、白人の特権性とその暴力性にあまりにも無自覚なものだった。ピンデルは、自身の経験を語る合間合間に、白人女性に扮し、「フリー、ホワイト& 21」そして「あなた(ピンデル)はパラノイド(被害妄想にとらわれている)にちがいない」と繰り返し述べることで、差別が無効化される構造を鋭く提示する。これは、自然化された差別の言説を再演し、鑑賞者に突きつけることで、社会に対抗的に差し戻す身振りであるといえるだろう(*6・7)。
*1──Monique Wittig, “The Category of Sex”, The Straight Mind and Other Essays (Boston: Beacon Press, 1992), p.5
*2──ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル──フェミニズムとアイデンティティの攪乱』竹村和子訳(青土社、1999)。
*3──規範として作用する「幸せ」の形象や言説に関するフェミニズム/クィア理論の視座からの批判的考察については、以下を参照されたい。サラ・アーメッド『フェミニスト・キルジョイ──フェミニズムを生きるということ』飯田麻結訳、人文社、2022。サラ・アーメッド『幸福の約束』井川ちとせ訳、花伝社、2025。
*4──Alexandra M. Kokoli, The Feminist Uncanny: In Theory and Art Practice (London: Bloomsbury, 2016) アレクサンドラ・M・ココリは、本書において、いかにフェミニスト的視座を併せ持った視覚芸術が、「家庭的なもの(the homely)」を「不気味なもの(the uncanny)」かつ「非家庭的なもの(the unhomely)」として再提示しているかを論じている。
*5──詳しくは、ベル・フックスによるベティ・フリーダンの「名前のない問題」への批判を参照されたい。ベル・フックス『ベル・フックスの「フェミニズム理論」──周辺から中心へ』野﨑佐和、毛塚翠訳、あけび書房、2017、18-21頁。
*6──同時に、注記すべき点として、写真家のキャリー・メイ・ウィームスが、ベル・フックスとの対談で指摘するように、ブラックの人々の視覚的表象がしばしばアート批評において、「怒り」や「抵抗」としてのみ理解され、解釈の幅を狭めている点が挙げられる。詳しくは以下を参照されたい。ベル・フックス『アート・オン・マイ・マインド──アフリカ系アメリカ人芸術における人種・ジェンダー・階級』「キャリー・メイ・ウィームスとアートについて語る」杉山直子訳、三元社、2012、109-131頁。
*7──浜崎史菜「抹消に抗うパロディ:ハワルデナ・ピンデル「フリー, ホワイト & 21」『subversive records zine vol. 2 抵抗と生存の戦略:ブラック・フェミニズムのアートアクティヴィズム』、2022、17-18頁。
KEYWORD 4:「国家」批判
(再)生産性の礼賛は、「国家」イデオロギーにしばしば結びつく。出光真子の《おんなのさくひん》(1973)では、トイレに捨てられた使用済みのタンポンが映し出される。すると、「女のお子さんです、おめでとうございます」という男性のナレーションが流れ始め、いかに「女の子」が「卑しい」存在であるかが説かれる。将来「立派」な「母親」そして「妻」となるためにいかに「女の子」に「道徳教育」が必要であるのかを説く作品を貫く文言の一部は、皇室の元養育係が執筆した『女の子の躾け方』(1972)を断片的に参照したものであるとされる(*8)。「女」を(再)生産性に還元する言説が、使用済みのタンポンの映像とともに流されることで、「国家」がいかに「女」を「(再)生産の道具」として眼差し、また、そのようなものとして構築しているかが提示される。

軍事政権下のブラジルを生きたレティシア・パレンテ(1930〜91)は、独裁体制をとる国家による身体と思想の支配を批判するビデオ作品を制作した。そのひとつである《登録商標》(1975)では、針と糸を用いて、自らの足の裏に「ブラジル産(Made in Brazil)」と縫い付ける過程を映し出した。迷いのない針の動きで縫われた「ブラジル産」という文字は、「国家」が「商品」のように機械的に均一化された国民をつくり出そうとする試みを示唆している。作品の最後、ビデオが途切れる間際に映し出される椅子から立ち上がるパレンテの姿は、足の裏に縫われた文字を踏みつける静かな「国家」への抵抗として浮かび上がる。
KEYWORD 5:模倣
伝統的な西洋の言説のなかで、眼差しの「主体」である「男性」に対し、「女性」は眼差される「客体」として、そして、"真実性"を持った「オリジナル(原型)」ではなく、「コピー(模倣)」として位置付けられてきた。リュス・イリガライ(1930〜)は、この女性に割り当てられた「模倣」の役割をあえて過剰さを持って再演することにより、女性は、女性を排除・棄却することで維持されてきた男性中心主義的な言説の構造を「晒す」ことができると言う(*9・10)。

オーストリアのヴァリー・エクスポート(1940〜2026)は、《タップ・アンド・タッチ・シネマ》(1968)において、ジェンダー化された眼差しの不均衡な構造を挑発的に再演した。エクスポートは、自らの上半身を箱とカーテンで囲い、自身の身体を「映画館」に仕立て、眼差し返す「映画館」として街に繰り出し、その様子をビデオに収めた。「女」に紐づけられた「女性性」を過剰に再演することによりその構築性を露呈させる手法は、出光真子が撮影した《Woman’s House》(1972)にも見てとることができるだろう。
KEYWORD 6:クィアと抵抗の記録
クィア、そして抵抗の歴史において、ビデオは欠かすことができない表現媒体だ(*11)。保守化が進んだレーガン、そしてブッシュ政権下で起きた1980年代以降のエイズ危機においては、ビデオは情報伝達と共闘のための重要な役割を果たした。とくに、持ち運びが可能なビデオは、プロテストの現場をはじめ、様々な場面において、権力と闘う際の視覚性と証言性を併せ持った記録と対抗の道具となった(*12)。
エイズ・アクティヴィスト・グループのACT UPは、エイズに対する効果的な対策をとらない政府による事実上の「黙殺」に抗い、実際のプロテストの様子をビデオで記録し拡散することで、抵抗の動きを広範囲に拡大させた。
ACT UPから派生して結成されたビデオ・コレクティヴのDIVA TVは、《祈りのように》(1990)にて、1989年に行われたニューヨークのセント・パトリック大聖堂でのダイ・インの様子を含む「教会を止めろ(ストップ・ザ・チャーチ)」デモを映し出した。DIVA TVのメンバーであり、映像作家でエイズ・アクティヴィストのジーン・カルロムストは、複数のエイズにかんするビデオ作品を制作した。カルロムストがマリア・マジェンティと共作した《ドクターと嘘と女性:AIDSアクティヴィストの抗議運動》(1988)では、女性とエイズにかんする誤った情報を『コスモポリタン』誌上で拡散した医者への抗議を記録した(*13)。
エイズとともに生きる人々、そして共闘した人々の直接行動と生の声を映し出したエイズ・アクティヴィスト・ビデオの数々は、主流メディアによって拡散されたエイズのスティグマ化されたイメージとナラティブの書き換えを迫り、自らを「死に値するもの」として抹消しようとする政府と社会に対し、その欺瞞的不正を晒しながら、対抗的にNOを突きつけた(*14)。
*8──Jayne Wark, Radical Gestures: Feminism and Performance Art in North America (Montreal: McGill-Queen’s University Press, 2006, p. 170)
*9──Luce Irigaray, This Sex Which Is Not One, trans. by Catherine Porter (New York: Cornell University Press, 1985, p.76-77, p.220)
*10──リュス・イリガライの模倣の戦略に関しては、次の文献に詳しい。清水明子「キリンのサバイバルのために──ジュディス・バトラーとアイデンティティ・ポリティクス再考」『現代思想 vol.34-12』 、2006、171-187頁(177-178頁)
*11──サンフランシスコを拠点にしたThe Queer Blue Light Video Collectiveは1970年初頭から活動を始め、ドラァグ・パーティーの様子を写した《ドラァグ》(1970)をはじめ、プロテストの様子を収めたものなど多数のビデオを残している。
*12──エイズ危機以前の1970年代のフランスにて、キャロル・ホソプロスは、抵抗と記録の手段としてビデオを用いた。《F.H.A.R(革命的ホモセクシュアル戦線)》にて同団体のデモの様子を記録し、《リヨンのセックスワーカーは声をあげる》(1976)では、国家と警察による抑圧に抗じたセックスワーカーたちの闘いを映し出した。さらに、《スカム・マニフェスト》(1976)では、デルフィーヌ・セイリグとともに、当時フランス語版が絶版となっていたヴァレリー・ソラナスの同名のテクストを記録した。詳しくは、以下を参照されたい。園山水郷『シネマ・ミリタンと女性映像作家』パド・ウィメンズ・オフィス、2013。
*13──《ドクターと嘘と女性:AIDSアクティヴィストの抗議運動》は、Normal Screenのウェブサイトにて日本語字幕付きで配信されていた。Normal Screen、《ドクターと嘘と女性:AIDSアクティヴィストの抗議運動》、2022年4月25日 https://normalscreen.org/events/drsliarswomen(最終閲覧日:2026年8月16日)
*14──シカゴを拠点とするビデオ・データ・バンクは、《エイズに抗うビデオ》(1989)と題した22本のビデオ作品から構成される約360分のコレクションを配給した。そこには、エイズをスティグマ化し、偏重的に報道したマスメディアを批判したバーバラ・ハマーの《巧みな嘘:エイズをめぐるメディアのヒステリー》(1986)も収録されている。また、しばしばエイズ・アクティヴィズムをめぐる歴史のなかで周縁化されるレズビアンとエイズ・アクティヴィズムについては、以下を参照されたい。アン・ツヴェトコヴィッチ『感情のアーカイヴ──トラウマ、セクシュアリティ、レズビアンの公的文化』「エイズ・アクティヴィズムと公的感情──ACT UPのレズビアンたちの歴史」菅野優香(監訳)、長島佐恵子、佐喜真彩、佐々木裕子訳、花伝社、2024、225-292頁。

























