愛猫、下図、《月と猫》──作品の制作過程をめぐって
「女子美アートミュージアム開館25周年記念特別展 堀文子の出発点~女子美からはじまる写生帖・下図・本画~」(女子美アートミュージアム)
本展は、一般財団法人堀文子記念館から預託された膨大な資料群(約1万2000点)とそれらについての調査にもとづき、女子美術専門学校(現・女子美術大学)出身の日本画家、堀文子(1918〜2019)の作品群を年代順に展示したものである。なによりも興味深いのは、写生帖や下図を本画と併置することにより(*1)、作品の制作過程を可視化している点である(そして、それらには充実したキャプションが添えられている)。

作品の制作過程を分析する論考を読むと、いかにその作品が完璧かを(再)認識させられることがあるが、本展において、鑑賞者はそのような体験を繰り返すことになるだろう。しかし、ここでは、別の観点から制作過程について考えてみたい。

注目すべきは、《月と猫》(1950頃)の本画と2枚の下図である。その作品は、画家の愛猫、「サルバドール・ダリ」をモデルとしている。そこに添えられたキャプションでは、「背中の模様の有無や左前足の角度、全体のポーズ」をめぐって検討が重ねられていることが指摘されている。


それらを比較すると、本画の猫はより力強く見える。左前足を持ちあげていたり、両後足を踏み込んでいたりするからだろうか(その構えには、ボディビルダーのポージングを思わせるところがある)。ともかく、その猫を中心として、本画が見事に構築されていることは確かである(*2)。
しかし、より魅力的に描かれているのは、下図の猫ではないだろうか。その姿勢はずっと自然体であり、そして、口元にはほほえみが浮かんでいる。下図をながめていると、画家の猫に対する愛情や猫の画家に対する愛情を感じ取れるだろう。
画家が猫を愛していたことは、《月と猫》の側に掛けられた垂れ幕内のテクスト、「堀文子といきものたち──ともに生きる存在」(*3)や、その手前に並べられた猫の素描群からも理解できる。また、キャプションでは、「ダリ」が「いたずら好きで愛嬌のある性格」だったと語られている。だが、そのような印象を抱くとすれば、それは本画に対してではなく、下図に対してだろう。
下図と本図を比べるとき、本図が完成作である以上、下図はいわば不完全なものとして捉えられがちである。しかし、下図以前のものの存在を前提とすると、本図はそこから二段階(以上)離れたところにあると考えられ、むしろ下図こそを比較的完全なものとしてみなしうる。作品の制作過程を経て、完成作において何かが失われてしまうこともありうるのだ。それは、例えば、画家と猫が互いに寄せる愛情の表れである。
*1──本展の副題の通り、日本画は、写生帖、下図(小下図/大下図)、本画といった段階を経て制作される。
*2──本画の構築性には、対象が少なからず幾何学的形態に還元されている点も関係している。
*3──そこには、画家が飼っていた動物・生き物——猫、カラス、尾長、高麗キジ、コイ、金魚、熱帯魚、フクロウ、雉、狐——についてのテクストと、土門拳の撮影による、「愛猫とアトリエにて」(1949)と題された、画家と「ダリ」のポートレート写真が掲載されている。
- 1
- 2



























