石川県金沢市の国立工芸館で、企画展「デザイン・クロニクル展 なにが生まれて、なにが変わった?」が2027年1月11日まで開催中。担当は同館主任研究員の三木敬介。
18世紀半ばから19世紀にかけてイギリスで起きた産業革命。従来の手工芸は、新たな素材や機械によって大量生産へと転換し、社会構造も大きく変化した。機械によって量産される均一的なものに対し、工芸家たちが試行錯誤を繰り返すなかで、やがて確立されていったのが「デザイン」だ。それは近代化に伴う様々な課題に対応すべく、工芸から派生した新しいものづくりの思想であった。本展は、同館が東京から金沢へ移転して以来、デザインの通史を総合的に紹介する初の試みとなる。

工業化・都市化のアンチテーゼとして生まれた「デザイン」の運動
会場は4章で構成される。まず第1章「アーツ&クラフツ運動とアール・ヌーヴォー」では、19世紀後半から20世紀初頭にかけて興った2つの潮流を取り上げる。背景にあったのは、急速な工業化や都市化によって不均衡となった社会や生活に、自然の秩序や活力を取り戻したいという切実な願いであった。
イギリスでは、ウィリアム・モリスが工業化による日用品の粗悪化を批判し、手仕事の美を求めた「アーツ&クラフツ運動」を展開。生活空間にあるものこそ美しくあるべきというこの思想は、後のものづくりへと影響を与えることとなる。


いっぽうのフランスでは、イギリスの潮流を受け止めつつ「アール・ヌーヴォー」が開花。工業化を受容しながら、動植物の有機的な曲線を採り入れた装飾様式が流行した。展示室にはエミール・ガレによるガラス工芸品やルネ・ラリックの宝飾品、アルフォンス・ミュシャや杉浦非水のポスターなどが並ぶ。工業製品でありながら、自然界の生命力が息づく優美な造形が目を引く。

工業化・移動の高速化を肯定した幾何学的な「デザイン」
曲線を用いた装飾の流行を経て、1910年代後半からは大胆な幾何学模様が主流となっていく。第2章「アール・デコ」では、その変容を物語る作品群が紹介される。
自然の美を重んじたこれまでの潮流に対し、アール・デコは産業の機械化や交通の高速化を肯定的に捉えた力強い装飾が際立つ。また、マヤやアステカ、メソポタミアといった古代文明の文様や造形も再解釈されて取り込まれ、異国情緒を感じさせるものも見受けられた。さらに海を渡ったアメリカでは、アール・デコの造形は独自の変化を遂げた。



現代まで続く「デザイン」の確立
第3章「モダニズム・デザイン」では、1919年にドイツで創設された建築・デザイン学校「バウハウス」と、現代におけるデザインの礎となったその思想と実践に光を当てる。

アール・ヌーヴォーやアール・デコは装飾的なアプローチで工業化に向き合おうとしたが、真の意味での機械生産への適応には至っていなかった。対してバウハウスは建築を核に据え、芸術と科学技術の統合を掲げた革新的な教育を実践。多くのデザイナーを輩出したことに加え、その理念とカリキュラムは世界中へと波及し、今日のデザイン教育や造形思考の規範となった。
会場にはマルセル・ブロイヤーやルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエらの名作椅子をはじめ、機能と美が調和したプロダクトの数々が並ぶ。

「デザイン」の多様化
第4章「第二次大戦後の展開」では、第二次世界大戦後におけるデザインの多様な歩みを追う。合理的なモダニズム・デザインが普及したいっぽうで、均質化・無個性化への反動も生じた。削ぎ落とされがちだった遊び心やユーモア、感情を呼び覚ますデザインが次々と生まれ、生活に豊かな彩りをもたらしていく。


さらに本章で注目したいのが、現代では定着したコーポレート・アイデンティティ(CI)システムの先駆例である「シンシナティ市200年祭のCI」が工芸館に収蔵されている点だ。「デザイン」という概念が、モノの造形から視覚伝達や社会的な仕組みまでへと広がっていった証左のひとつと言えるだろう。

本展を観る前に抱いていた関心は、各時代の名作を通じて歴史を概観するだけでなく、多義的となった現代の「デザイン」をどう提示するのかという点にあった。デザインはいまや造形を越え、体験やプロジェクトといった目に見えない仕組みの設計にまで領域を広げている。
本展は、技法や素材を探求する工芸の視座から、歴史をたどりつつその実践を俯瞰する構成であった。それだけに、現代、とくに2000年代以降の動向やデザインの実践にまでもう少し踏み込んでアクセスできていれば、このクロニクルはさらに立体的なものになったのではないだろうか。工芸という足もとからデザインの原点を確かめられたからこそ、その先の現在地をも見つめてみたくなる展示であった。

































