「釜山ビエンナーレ2026」(釜山現代美術館、Space OneZ、旧・釜山南高等学校)会場レポート。五感で学ぶ世界の捉え方【2/3ページ】

旧・釜山南高等学校

 旧・釜山南高等学校は、かつて高校だった建物を活用し、各教室の構造を生かした展示が行われている。同校のある影島区(ヨンド)は、造船所や港湾施設といった韓国の産業や交易を支えてきた場所であり、朝鮮戦争の際には多くの避難民がたどり着く南端の地でもあった。会場である校舎からは海と行き交うコンテナ船を見ることができ、釜山という都市の歴史を象徴する場所であることがよくわかる。

デュー・キム《Act 2: The Empty Center(空っぽの中心)》(2026)。中央の透明度の高いガラス作品が宗教的な象徴の虚無感を想起させる

 デュー・キムは釜山現代美術館と旧・釜山南高等学校の両会場で連作《The Stage – After God》(2026)を展開した。美術館では「Act 1: The Stage of Blood(血のステージ)」と名づけられた、宗教的な祈りと儀式、そしてクィア/シャーマニズムの身体が交錯する祭壇を展示室に展開。そして旧校舎では「Act 2: The Empty Center(空っぽの中心)」と名づけられたインスタレーションを発表した。本作は儀式を終えたそのあとの、何も残されていない「虚無感」を捉えようとしたもので、マイクケーブルとマイク、骨のような金属に囲まれた、死骸のような青いガラスなど、祝祭のあとに去来する虚無と、儚い美しさが表現されている。

イ・ドングン《Three Islands》(2026)。沖縄をテーマにした展示では、在日米軍基地とその反対運動を取り上げている

 現代美術館で、脱北者のアリラン合唱団をテーマにした映像を出展したイ・ドングンは、旧校舎の会場で《Three Islands》(2026)を展示した。本作は、日本の沖縄、台湾の金門島、韓国の加徳島という3つの島を起点に、それぞれの島が物語る各国の政治状況や、日本による植民地支配の歴史が資料や映像を組み合わせながら物語られている。

ジャンツァンホロル・エルデネバヤル《Resonance of the Vernacular》(2026)。様々な椅子が、黒板から生えた権力を思わせるファルス状のオブジェと対峙する

 モンゴル出身のアーティスト、ジャンツァンホロル・エルデネバヤルは、教室という環境を活かした作品《Resonance of the Vernacular》(2026)を展開。木や鉄、ガラス、フェイクファー、収集した既製品など多様な素材でつくられた15脚の個性的な椅子が、学校教育という国家の方針のもとに制度化されたプログラムのなかで覆い隠される、個々のアイデンティティを問うている。

ペク・ヒョンジュ《海へ山へ草生す屍》(2026)。ポップな色彩の映像に見えるが、その背景には日本統治時代の重い歴史が横たわっている

 ペク・ヒョンジュの《海へ山へ草生す屍》(2026)は、日本統治時代の韓国で広く普及した軍歌「海行かば」の一節を引用・改変したタイトルがつけられている。この皇民化政策下の子供たちが歌っていた楽曲と、朝鮮女子勤労挺身隊の生存者たちの口述証言をもとに、映像や立体物でインスタレーションを展開。釜山の山と海を思わせる緑と青の色彩のなかで、歴史の重層をポップに見えるアイコンから導き出そうとする試みだ。

ベンジ・ラ《Learning to Dance in Flames》(2026)。複数の映像が展示されている教室からは釜山の海が見える

 オーストラリア・シドニーを拠点として活動する、タイ出身のアーティスト、ベンジラは、複数の映像からなる《Learning to Dance in Flames》(2026)を展示している。複数の教室や廊下で上映されている映像は、トランスジェンダー、先住民、クィアといった様々な属性を持つ人々のダンスによって構成されている。「火のなかで踊る術を学ぶ」というタイトルにもある通り、いずれの映像も「火」が通底するテーマとなっており、「火」を抵抗の象徴として、人々のあいだでメッセージを伝達し合う道しるべとして提示している。

ファティマ・カリーム・カーン《Spilt Milk》(2026)。机の上に置かれているのは装飾されたシリアルの箱

 ファティマ・カリーム・カーンの《Spilt Milk》(2026)は、家庭や学校、テレビの連続ドラマ(ソープオペラ)を通じて、女性の生活に浸透する規律を捉え直す作品だ。学校の教室に置かれた机やシリアルの箱は、作家の手によって刺繍やドローイング、レース、人工毛髪が加えられている。このシリアルの箱は、パキスタンのメディアや教育に影響力を行使する軍系企業の系列会社で生産されたものであり、生活の場に権力が入り込むことを示している。また、学校の朝礼の様子も上映されており、教室という舞台で権力と規律の構造を問いかける。

パク・ヒョンソン《As Long as We Look at the Night Sky》(2026)。天井から吊り下げられたクラゲのようなオブジェから、各教室に触手のようなチューブが伸びている

 韓国を拠点に活動するパク・ヒョンソンの《As Long as We Look at the Night Sky》(2026)は、調理室を舞台に巨大なインスタレーションを出現させた。窓に貼られたフィルムと照明により、室内は青色の空間となっている。天井や床には細いチューブが張り巡らされており、このチューブをたどっていくと、いくつかの部屋の天井から吊り下げられた、クラゲのようなオブジェと出会う。展示空間にはサウンドプロデューサー・A-BO-PFとの協働によりつくられたという、何かが流動しているような音が響き渡る。もう使われなくなった学校施設に、人知の及ばない生命が静かに息づいている、目の届かない場所への想像力が喚起される作品だ。

アリアスカル・アバルカス《Spell》(2026)。古着の連なりによって校庭に幾何学模様が出現している

 本ビエンナーレにおいて最大の作品と言えるのが、イラン出身のアーティスト、アリアスカル・アバルカスの《Spell》(2026)だ。学校の運動場全体を使用した本作は、3色の古着で巨大な幾何学模様を描くというもの。来場者はこの古着の上を歩きながら、地図をたどるように「楽譜」としてこの模様からそれぞれのメッセージを受け取ることになる。本作は住民が参加するワークショップにより制作されており、一人ひとりの手仕事も「楽譜」として編み込まれた。

編集部