「釜山ビエンナーレ2026」(釜山現代美術館、Space OneZ、旧・釜山南高等学校)会場レポート。五感で学ぶ世界の捉え方

韓国・釜山で「釜山ビエンナーレ2026」が開催されている。会期は11月1日まで。今年は「Dissident Chorus(不協和のコーラス)」というテーマのもと、22カ国から46組のアーティストおよびコレクティブが参加し、釜山現代美術館、旧・釜山南高等学校、Space OneZで作品が展開されている。ビエンナーレの様子をレポートする。

文・撮影:安原真広(編集部)

パク・ヒョンソン《As Long as We Look at the Night Sky》(2026)。釜山ビエンナーレ2026の旧・釜山南高等学校会場にて

 韓国・釜山を舞台に11月1日まで開催されている「釜山ビエンナーレ2026」。今年は「Dissident Chorus(不協和のコーラス)」というテーマのもと、22カ国から46組のアーティストおよびコレクティブが参加している。

 会場となっているのは釜山現代美術館、旧・釜山南高等学校、Space OneZ。いずれも釜山の湾岸部に位置し、もっとも距離がある美術館から旧高校まででも、タクシーで40分ほどの距離となっている。

 今回、アーティスティック・ディレクターを共同で務めたのはベルギー・ブリュッセルを拠点に活動するエヴリン・シモンズと、ロンドンを拠点に活動するアマル・クラフの2人のキュレーターだ。2人は刺激的な映像や暴力的な言葉、監視に溢れる世界において、音響、身体、詩などへ目を向け、抵抗や慰め、親密さへの道を開くような展覧会を志向したと語っている。

釜山現代美術館

 韓国最長の川である洛東江(ナクトンガン)の河口の中洲である乙淑島(ウルスクト)にある釜山現代美術館。

釜山現代美術館の外観
ヤザン・ハリリ《We carry our pain like a language》(2026)。いずれのキャップも購入することができる

 1階の会場入り口すぐの空間では、39個のキャップを並べたヤザン・ハリリの作品《We carry our pain like a language》(2026)が来場者を迎える。それぞれのキャップは、ひと続きの詩の一節だけが刺繍されている。いずれのキャップも購入することが可能であり、着用されることで街に詩の断片が持ち出され、様々に解釈されることになる。分散するからこそ生まれるメッセージの強さと、偶然に未来を託すことの可能性を来場者に想像させる作品だ。

モエ・サ《Body, Face and Fingers》(2026)。手前がパフォーマーたちの手の動きをモチーフにしたシリコンの立体作品

 ミャンマー・ヤンゴン出身のアーティスト、モエ・サの《Body, Face and Fingers》(2026)は、言葉を使わないコミュニケーションのあり方を探求するプロジェクトだ。作家はヤンゴンの街中で、人々がコミュニケーションする際に使う様々なジェスチャーを観察。パフォーマーたちはこのジェスチャーをアレンジし、顔の表情と手による、108通りの異なる動きを生み出した。会場ではパフォーマーたちの表情と手の動きを撮影した写真と、手の形状を模したシリコンが展示され、非言語的なコミュニケーションの可能性が示されている。

タナット・ティーラダコーン《Memory Threshold: Chaos Resonance》(2026)。土産物屋を模したインスタレーション、メガホンからはプロテストソングが流れる

 タイ・バンコク出身のタナット・ティーラダコーンは、ミュージシャンやDJとしても活動するアーティストだ。《Memory Threshold: Chaos Resonance》(2026)は、土産物店、ポップ・ミュージックのコンサートのステージ、タイの伝統歌劇「リケ―」を組み合わせ、観光産業のなかで消費される伝統をイメージとして提示したインスタレーションだ。会場には共産主義運動のなかで盛んに歌われた「インターナショナル」、韓国の民主化運動のシンボルとなった「愛のための行進曲」、梨花女子大での学生デモの象徴となった少女時代の「Into the New World」といったプロテストソングが組み合わされて流されており、楽曲というポップなアイコンが連帯に力を与えることも示している。

シュアン・リー《Alliance (Heart Loop)》(2026)。淡くコントラストの低い詩情を感じさせる映像でラブドールたちの旅を描く

 中国出身のシュアン・リーは、6つの映像チャンネルで構成された映像作品《Alliance (Heart Loop)》(2026)を出展。リーはドキュメンタリー、ロードムービー、ライブストリーミングといった手法を組み合わせ、ラブドールたちがストーム・チェイシング(竜巻追跡)を行う物語を映像化した。人々が映像にどのような物語を求めるのか、という欲望についての問いが「竜巻」というメタファーを通して語られている作品だ。

リュ・ソンシル《TEN THOUSAND DREAMS》(2026)。不安定な高所作業車で持ち上げられ歌い上げるマネキンには、資本主義の「成長」の物語への皮肉が込められている

 韓国出身のリュ・ソンシルのよる《TEN THOUSAND DREAMS》(2026)は、高所作業車と12体の合唱するマネキン、そしてオリジナルの楽曲を組み合わせた作品だ。楽曲の歌詞には、国家戦略としてグローバリズムを志向し、個人が資質と努力によって海外で活躍し、国に資するよう教育されたという歴史と、その気分を盛り上げるためのスローガンが盛り込まれている。個人の成長を経済に資するために促されるという、世界中で起こっている「成長」の歪みが強烈なイメージで作品化された。

タイ・シャニ《M.I.A.S.M.A.》(2026)。サウンド・インスタレーションにより現代的な『アンティゴネ』が演じられる

 地下1階の展示室の外には、ロンドンを拠点とするタイ・シャニの《M.I.A.S.M.A.》(2026)が展示されている。本作は、ソポクレスによる古代ギリシャの悲劇『アンティゴネ』を、彫刻とサウンド・インスタレーションで現代に招聘するというコンセプトで制作された。シャニは『アンティゴネ』を、環境破壊やジェノサイド、資本主義が生む不均衡といった現代の抱える問題に置き換えながら再構築。ギリシアの時代から現代に至るあいだに積み重なった歴史上の「悲劇」と、その犠牲となった多くの死者の存在に思いを巡らせることを促す。

イ・ドングン《Spotlight - Arirang Performance Group》(2011-19)。華やかなアリラン公演団のステージを捉えた映像

 地元・釜山を拠点とするイ・ドングンは、10年以上にわたり脱北者により構成されるアリラン(朝鮮民謡)公演団に同行し、写真と映像による記録作品《Spotlight - Arirang Performance Group》(2011-19)を制作した。華やかな衣装や、明るい笑顔が印象的な団員たちの写真や映像だが、作家はその背後にある、南北分断の歴史や、団員たちが政治的シンボルになるという側面を見続けてきた。イメージの向こう側の、いまだ重く横たわる20世紀の歴史を感じることができる。

石原海《夜行性─メロディ》(2026)。華やかなステージの裏でダンサー2人の個人史に根ざした語りが繰り広げられる
石原海《夜行性─息》(2026)。海の中にいるような浮遊感のある空間でボディスーツをまとった人々が踊る様が上映される

 映画監督でアーティストの石原海は映像作品「夜行性」シリーズ(2026)を組み合わせ、インスタレーションとして展開した。会場は2つの空間に仕切られている。暗がりに星形の椅子が置かれた空間では、東京で活動する2人のダンサーが、楽屋やステージ、クラブなどで幼少期や夢、政治について語り合う姿を撮影した《夜行性─メロディ》(2026)を上映。また、床に紙が散らばる青い光に包まれた空間では、ボディスーツを身にまとった登場人物たちが暗闇のなかで踊り、身体をぶつけ合いながら叫ぶ《夜行性─息》(2026)が上映されている。抑圧されたアイデンティティと、その存在を身体と言葉を通じて証明しようとする営みがドラマチックに表現された。

アーシュラ・K・ル=グウィン+5D《Festival(祝祭)》(2026)。吊り下げられた青い布がサイアノタイプ(日光写真)で印刷された作品世界の地図

 アーシュラ・K・ル=グウィンとサミー・リー、マーク・ロー、サラ・シンからなるコレクティブ、5Dによる作品《Festival(祝祭)》(2026)は、『ゲド戦記』で知られる小説家、ル=グウィン(1929〜2018)が遺したものを集結させた再構築したインスタレーションだ。会場には小説『所有せざる人々』(1974)に登場する架空の惑星「アナレス」を連想させる2つの塔や、サイアノタイプ(日光写真)で印刷された作品世界の地図、小説から発想された映像作品などが並ぶ。ル・グウィンの世界を再構築し、革命を志向する想像力をもう一度取り戻そうという試みとなっている。

カン・ソギョンの作品。いずれも形態や素材は異なるが、小さな単位が反復され、拡張されていることが共通して確認できる

 昨年逝去した、ソウルを拠点としていたカン・ソギョン。本ビエンナーレでは展示室を大きく使い、26点もの大小様々なその作品が展示された。ソギョンは韓国の伝統楽譜の基本記譜法である「井簡譜(チョンガンボ)」から着想を得て、音の高さと長さを可視化する格子状の空間を発案。これを絵画、彫刻、インスタレーションへと拡張させてきた。この「単位」の反復と拡張が、普遍化され空間のルールをつくり出す、その道筋を展示室で見ることができる。

編集部