「記録と記憶」をめぐる冒険──目に見えないものに向かって
続く第2章「『記録と記憶』をめぐる冒険──目に見えないものに向かって」では、石内都、石川真生、岩根愛、志賀理江子、常盤とよ子、西村多美子、米田知子、藤岡亜弥、渡辺眸らの作品が登場。現実の記録にとどまらず、「目に見えるもの」を通じて「目に見えない感情や空気」に向き合おうとした写真家たちが並ぶ。


印象的なのは、石川真生(1953〜)と渡辺眸(1939〜)のまなざしだ。 沖縄出身の石川は、沖縄返還協定をめぐる機動隊とデモ隊の衝突をきっかけにカメラを手にした。基地の街のバーで働きながら、そこで生きる女性たちのたくましさと黒人米兵たちの姿を捉えた「アカバナー」シリーズには、血の通った人間模様が見て取れる。

いっぽう東京出身の渡辺は、1960年代後半の激動の「政治の季節」に新宿の街へ繰り出した。そこで遭遇したデモをきっかけに学生運動に関心を持ち、東大全共闘のバリケード内への立ち入りを唯一許可された写真家として、活動家らとともに過ごしながらシャッターを切り続けた。
ふたりに共通するのは、被写体の「外側」からではなく「内部」に飛び込み、同じ地平に立っている点だ。そこに横たわるのは、交流と信頼関係の確かさだろう。被写体が見せる表情や空間からは、記録された出来事以上の雄弁なドラマが立ち上がっている。誰もがスマホで簡単に撮影できる時代だからこそ、彼女たちが時間をかけて構築した関係性の大切さが身にしみる。
「女性」をめぐる冒険──ジェンダー、身体、セクシュアリティ
第3章「『女性』をめぐる冒険──ジェンダー、身体、セクシュアリティ」では、岡部桃、片山真理、澤田知子、長島有里枝、野村佐紀子、やなぎみわを紹介。ジェンダーや身体をめぐる問題に対して、様々な角度から切り込む作品群が並ぶ。

本章のトップバッターを飾るやなぎみわ(1967~)の2点組《案内嬢の部屋 1F》(1997)は、制服姿の案内嬢たちがショーウィンドウに整列する写真と、全員が中央に倒れ、代わりに切花が飾られている写真が並べられている。女性が消費される記号として扱われるいびつさを、風刺的にとらえた作品だ。

また、鑑賞者を巻き込む澤田知子(1977〜)のアプローチも面白い。自身が30人の異なる人物に扮して撮影したお見合い写真シリーズ「OMIAI♡」(2001)のエリアには、観客が「誰の印象が良かったか」を投票するコーナーが設置されている。一票を投じようとした瞬間、無意識に「選ぶ側」として品定めしている自分にハッとさせられるのだ。すべて同一人物であるにもかかわらず、外見という表面的な情報だけで内面を推し量ってしまう無意識の偏見を突きつけられる。
「女らしさ」「男らしさ」という二項対立やルッキズムが根強く残る社会で、女性の身体と真摯に向き合ってきた彼女たちの仕事は、悲しくもいまなお強い切実さをもって響いてくる。



















