Serakai Studio「CERTAINLY TOKYO」が東京・表参道で開幕。「不確かさ」のなかに創造の可能性を探る。

香港を拠点とするSerakai Studioによるグループ展「CERTAINLY TOKYO」が、東京・表参道で開幕した。「不確かさ」をテーマに、香港やマカオ、日本などを拠点とする9組のアーティストの作品を紹介している。

文:王崇橋(編集部)

香港やマカオ、日本などを拠点とする9組のアーティストが参加している「CERTAINLY TOKYO」展の様子 Courtesy of Serakai Studio. Photo by Kei Miyajima

 香港を拠点とするSerakai Studio(セラカイ・スタジオ)によるグループ展「CERTAINLY TOKYO」が、東京・表参道のPath Omotesandoで開幕した。会期は9月中旬まで。

「不確かさ」をめぐる9組のアーティストたち

 本展は、今年3月に香港のコンテンポラリー・サロン「GOLD」で開催された「CERTAINLY」の第2章にあたる展覧会。キュレーションを手がけたのは、Serakai Studio共同創設者であり、香港のヘリテージ&アートセンター・大館(タイクン)の総合キュレーターも務めたトビアス・バーガーだ。香港、マカオ、日本、韓国、フィリピン、ニュージーランド、スペインなどを拠点とする9組のアーティストが参加し、「不確かさ(uncertainty)」をテーマに、多様なメディアを通して予測不能な状況や偶然性、逸脱がもたらす創造性について考察する。

 本展の着想源となったのは、アメリカの作曲家でありアーティストでもあるラ・モンテ・ヤングが1960年に発表した《Composition 1960 #10》だ。作品には、「直線を引き、それに従え」というわずか一文だけが記されている。しかし、その単純な指示を実際に遂行しようとすると、線は必ず揺らぎ、ときに逸れ、予期せぬ方向へと向かう。本展はその「逸脱」こそが創造の契機であるという視点から、制御と自由、計画と即興のあわいを探っていく。

サンティアゴ・シエラ《250 cm Line Tattooed on Six Remunerated People》(1999) Courtesy Estudio Santiago Sierra

 展示には、それぞれ異なる方法で「不確かさ」を扱う作品が並ぶ。例えば会場では、スペインのサンティアゴ・シエラによる映像作品《250 cm Line Tattooed on Six Remunerated People》(1999)が上映。6人の失業者の背中に一本の線を刺青として刻み、その対価を支払うという作品は、資本主義における労働や権力構造を可視化するシエラの代表作として知られる。本展では「一本の線」というモチーフを、ラ・モンテ・ヤングのスコアと呼応させながら再提示している点も興味深い。

 香港のサウス・ホー・シウ・ナムは、2019年の香港民主化運動で路上に置かれた発泡スチロール製ブロックを想起させるインスタレーション《Heaviness and lightness》(2021)を展示。来場者が作品に触れることで展示空間そのものが変化し続ける構造となっている。いっぽう、白雙全(パク・シュウン・チュエン)の《Using the Light of the Waning Moon to Draw a Full Moon》(2007)では、長時間露光とカメラの動きを用いて月の光で満月を「描く」という、一見不可能にも思える試みを写真として定着させている。

左の映像作品はマリア・タニグチ《Figure Study》(2015)。床のインスタレーションはサウス・ホー・シウ・ナム《Heaviness and lightness》(2021) Courtesy of the artists, Taka Ishii Gallery and Blindspot Gallery

 大竹伸朗は、1978〜82年に制作したコラージュ作品や立体作品を展示。初期パンクやノイズカルチャーの影響を受けた作品群は、無数のイメージが折り重なるエネルギーを放ちながら、即興性や偶然性を創作の原動力として取り込んできた作家の姿勢を示す。また、フィリピン出身のマリア・タニグチによる映像作品《Figure Study》(2015)は、3DCGによって構成された無機質な風景を通して、時間や労働、そしていまだ到来しない未来への想像力を静かに喚起していた。

大竹伸朗《Flying Man》(1986) © Shinro Ohtake, Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo

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