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「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」(中村キース・ヘリング美術館)開幕レポート。80年代ニューヨークシーンがいまに伝えるもの【2/3ページ】

シャーフとヘリング、ふたりの交友

 本展は「キース・ヘリング」「ケニー・シャーフとキース・ヘリング」「ケニー・シャーフ」の3部構成。第1部「キース・ヘリング」は、ふたりの出会いを紹介するとともに、ヘリングの初期作品を紹介する。

 ふたりの出会いは、スクール・オブ・ビジュアル・アーツ(SVA)だった。シャーフが同校で学んでいたある日、どこからかバンド「ディーヴォ」の楽曲が聴こえてきた。その音をたどって行き着いた部屋には、床に白黒で絵を描き、自分を部屋の隅に追い詰めていくヘリングの姿があったという。ここで、シャーフは「これこそが私がニューヨークに来た理由だ。こういう人たちに出会う必要があったんだ」(会場パネルより)と感じ、2人の交友が始まった。

左がキース・ヘリング《ブループリント・ドローイング》(1990)、手前が《無数の小さな男性器の絵》(1979)

 このときのヘリングの作品《自分を角に追い込むペインティング》(1970年代後半)の制作の様子は、会場の記録映像で見ることができる。また、ヘリングの初期の作品を、最晩年の90年に版画として再発表した《ブループリント・ドローイング》(1990)も展示。人類の歴史やその背景にある残酷さなどを叙事詩のようにコマを割りながら描いた本作は、明るい印象が強いヘリングの作品に、つねに人類普遍の暴力や排撃への批判性が宿っていたことを伝える。

80年代ニューヨークのムーブメントとともに

 第2部「ケニー・シャーフとキース・ヘリング」は、本展の中心となるセクションだ。80年代のニューヨークで生まれた様々なムーブメントのなかで行なった、ヘリングとシャーフの活動を追う。

ヘリングとシャーフの作品をともに展示。手前がキース・ヘリング《アクロバット》(1986)、右壁の平面がケニー・シャーフ《JANGARU!》(2023)
ドキュメンタリー『Restless -Keith Haring in Brazil』の上映。80年代当時のヘリングについてシャーフが語る

 シャーフとヘリングは、ときに住まいやスタジオを共有しながら制作と活動を展開した。本章ではふたりが参加した移動型遊図地のプロジェクト「ルナルナ」の紹介や、企業とのコラボレーション、さらにヘリングの床画をシャーフが修復する過程を追ったドキュメンタリー『Restless -Keith Haring in Brazil』の上映などを取り上げている。

下がヘリングが考案した移動型遊図地「ルナルナ」のメリーゴーランドの模型。上はシャーフによる月を模したキャラクター
ナイトクラブ「パラディアム」の記録写真(1980年代)。篠山紀信が撮影した

 また、当時文化の発信地で、2人が出入りしていた「パラディアム」や「クラブ57」といった80年代ニューヨークのクラブ、1989年から92年にかけて京都書院より刊行された全102巻からなるアートブック・シリーズ『ArT RANDOM』なども紹介。当時の豊かな文化的土壌を感じられる。

編集部

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